第26話

「え? それ、冗談か……?」

「こんな冗談言わないって。……昼休みに『俺の事好きなのか』って確認されてさ、認めた勢いで告白したら、玉砕した」

 ダサい振られ方だから話す気はなかったんだけど。

 そう笑う唯哉いちかだが、笑顔が不自然に思えた。

 いや、不自然で当然だ。誰の目から見ても唯哉が強がっていることは一目瞭然だったから。

「その時言われた言葉が結構キツかったんだけど、英彰ひであきを見てたら『羨ましい』とか思っちまったよ。……好きになったのは俺の勝手だし、気持ちに応えられない姫神ひめがみは何も悪くないってちゃんと分かってはいるんだけどな」

「な、何言われたんだよ……」

 『好き』になったのは自分。でも、自分が自らの意思で選んで『好き』になったわけじゃない。

 気が付けば姫神を『好き』になっていた唯哉は、「選べるなら俺は悠栖ゆずを好きになりたかったよ」と物憂げに呟いた。

 唯哉の口から飛び出た言葉の数々は衝撃的で反応に困ってしまう。

 しかし、それでも悠栖は動揺する心を隠し、平静を装って唯哉の話を聞く努力をした。唯哉のこんな弱っている姿は、初めて見た気がしたから……。

「んー……。まぁ、正論、かな? 『男のくせに男が好きとか気持ち悪い』とか、『二度と俺の前に顔を見せるな』とか、『ゲイはゲイとだけつるんどけ』とか」

「! な、なんだよ、それ。姫神、チカにそんなこと言ったのか?」

「まぁな。姫神は同性愛に対して嫌悪感が凄いし、当然といえば当然のことだよ」

 むしろ殴られなかっただけラッキーだったと思う。

 そう言って笑う唯哉は、悠栖の顔を見て『仕方ない奴だ』と言いたげに苦笑すると頭をまたポンポンと叩いた。そんな顔してくれるな。と。

「でも! でもそんなのあんまりじゃねぇーかっ。チカは本気なのにっ……!」

 唯哉の言葉に抑えようとしていた言葉が弾かれた様に口から出る。

 荒げられた声は静かな夜道にはよく響き、前を歩いていた英彰の耳にもどうやら届いてしまったようだ。

「オイ、どうかしたのか?」

「ああ悪い。なんでもない。……悠栖、ほら帰ろうぜ? 腹減っただろ?」

 立ち止まり振り返った英彰。唯哉はそんな英彰に『何もなかった』と笑い返す。

 その『嘘』が、悠栖にはどうしても納得ができなかった。

 悠栖は自分を促す唯哉の手を払い除け、「なんでもないことないだろうがっ!!」と怒鳴り声をあげた。

 その声の大きさに唯哉は驚きの顔を見せる。

 様子がおかしいと此方を伺っていた英彰も悠栖の大声に動揺を見せ、一体何事だと悠栖と唯哉を交互に見た。

 英彰は説明を求めているようだったが、今の悠栖には他を気にしている余裕なんてない。

「実は俺が―――」

「笑うなっ!!」

 唯哉が苦笑いを浮かべ英彰に経緯を説明しようとしたその時、悠栖の何かが弾けた。

 不自然な朗らかさで喋るその声をこれ以上聞きたくないと全身で訴えるかのように唯哉の声を遮り、肩を震わせるほどの怒りを露わに唯哉と英彰を驚かせた。

 二人は言葉を失い、そして悠栖を凝視する。

 悠栖はその視線を一身に受けながら、瞬時に沸点に到達した怒りを何とか治めないとと理性を働かせる。

 だが、唯哉か英彰かは分からないが自分を呼ぶ声が耳に届いて、それが引き金となって理性が消えてしまう。

「! 悠栖!!」

 唯哉の声が後ろから聞こえる。それは悠栖が怒りに身を任せて走り出したから。

 英彰の隣を走り抜け、全力で寮へと向かう悠栖。

 その行動が予想外過ぎたからか、親友達の声は以降聞こえることは無かった。

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