第18話

 唯哉いちかに好きな人ができた。

 それは親友として祝福してやるべきことだということは分かってる。

 だが、悠栖ゆずは心から良かったなと喜ぶことが未だ出来ないでいた。

 その理由ははっきり分かっていて、今まで散々自分が否定してきた『同性が好き』というまさかの話だったから。

 しかも、相手が友人である那鳥なとり

 那鳥は『ゲイは理解できない』と言い切るほど同性同士の恋愛に否定的で、唯哉の初恋は実らせるためには多大の努力と宝クジで高額当選クラスの運が必要だ。

 だが、悠栖が心配して助言しても唯哉は想いを諦めるための努力を自分はまだしていないからと言って想い続ける気満々だった。

 絶対に辛いし嫌な想いをするぞと大袈裟に脅しても、唯哉の意思は変わらなかった。

 全てを理解しながらも自分が納得できるまで足掻く。

 それは実に唯哉らしい決断で、そこまで言われたら親友と言えど部外者の自分は見守るしか出来ないというもの。

 悠栖は納得した『振り』をして、唯哉の初恋が実るよう応援すると心にも無いことを言った。

 きっと普通なら、本心では応援できない恋愛に首を突っ込むなんて真似はしないだろう。

 背中を押してほしそうなら頑張れと応援の言葉をかけ、相談を持ちかけてきたら話を聞く。

 でもそれ以外では絶対にこの話題に触れない。

 心が弱くなって『諦める』選択肢を見せたら、それとなく誘導するかもしれないが、基本的にはタブー扱い。そんなところだろう。普通なら。

 しかし、悠栖は応援できない唯哉の初恋のために、自ら動いてしまった。

 正直自分でも『無しだ』と思える行動を、とってしまった。

 やってしまったと後悔を話した英彰ひであきからは呆れられ、中途半端な事をしてやるなと注意を受けた。お前のそういうところが周りを誤解させるんだぞ。と。

 おそらくその言葉には英彰自身の体験も入っているのだろう。

 悠栖は受けた注意に肩身が狭くなった。

 もう二度と心に嘘はつかないと決意し、唯哉の恋愛に首を突っ込むのはこれが最初で最後にしようと、決めた。

 そして今、悠栖は改めて自分に誓った。二度と本心に沿わない行動は起こさない。と。それは何故なら―――。

「へぇ、じゃあ姫神ひめがみ君は毎朝自分で弁当作ってるんだ? いつも寮夫さんの手伝いしてると思ったらそういう事だったんだな」

「俺は良家の息子じゃないから金は有限だし、庶民は節約するのが普通だしな」

 ほとんどの学生が一番楽しみにしているだろう昼休み、いつものように教室の一角で友人達と昼食をとる悠栖の目の前には、唯哉の姿。

 そして唯哉の隣には姫神がいて、二人は仲良く言葉を交わしていた。

 別クラスの唯哉がこの場にいるのが珍しいのか、クラスメイト達はしきりに此方を気にしている様子。

 注目されるのが嫌いなまもるは口数が少なく、いつもより大人しい。

 そのせいで三谷葵親衛隊隊長の慶史けいしの機嫌はすこぶる悪く、こうなった元凶である悠栖に冷たい視線を向けていた。

(うぅ……めっちゃ居づれぇ……。こんなことになるならチカに昼飯一緒に食おうとか言わなきゃよかった……)

 唯哉の初恋を応援するために、悠栖はまず唯哉と那鳥の距離を縮めようと考え、唯哉を友人達との昼食に誘った。

 早い話、一緒に弁当を食べて那鳥に唯哉を知ってもらおうと思ったのだ。

 誘われた唯哉は、一度は遠慮してみせたものの二度目の誘いにはそこまで言うならとあっさり頷いたから、願ったり叶ったりな申し出だったのだろうと悠栖は思った。

 思って、いつもの唯哉らしくないと感じてもやっとした。そして今目の前で鼻の下を伸ばして那鳥にアプローチをかける唯哉の姿に、これは誰だと感じてしまった。

(こんなチカ、初めて見た……。それってつまり、それだけ姫神のことが好きってことなんだよな……)

 自分達は一〇年頼の親友。互いに気心が知れた最も近しい相手だと思っている。

 でも、それはどうやら近々変わってしまうようだ。

 悲しいが、唯哉にとっての一番が変わってしまったにだから当然だろう。

 しかし、頭で理解していても心は意思に反して重くなり、『唯哉裏切り者』と理不尽な怒りを向けてしまいそうになるから困った。

 悠栖は嬉しそうな唯哉と唯哉への態度が少し融和している那鳥を横目に、購買で買ってきたパンに食らいつく。

 と、『らしくない』と言いたげな顔で此方を見ている視線に気がついた。ルームメイトの朋喜ともきだ。

 朋喜は食事の手を止めて何か言いたげ。

 それに気づきながらも悠栖は気づかない振りをして味のしないパンを口に押し込み、エネルギーとるためだけの食事を進めた。

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