第16話

 いつの間にか部室棟に着いていたのかと内心驚きながらも、悠栖ゆず唯哉いちかが指し示す方向へと顔を向ける。

 すると二階の廊下には確かに那鳥なとりの姿があって、制服でも私服でもなくジャージ姿で歩く友人におそらく今から部活なのだろうことは分かった。

「……姫神ひめがみって部活入ってたのか?」

「いや、『入部した』って話は聞いてないけど……」

「でもあの格好で部室棟に居るって事は部活だろ?」

 唯哉の問いかけに知らないと首を振る悠栖。

 だが英彰ひであきの言った通りここは部活棟であり、部に所属していない生徒が居るはずのない場所。

 更に今はゴールデンウィーク期間中で学校は休みで、部活の為に登校した生徒でもない限り校内に居るわけがない。

 つまり、那鳥は悠栖にも誰にも話さずに部活に入部していたようだ。

 きっと『部活なんてしない』と豪語していた手前、今更それを撤回するような事は言えなかったのだろう。

 話してもらえなかったことに少し寂しさを感じたが、それよりも『よく今まで隠せたな』と誰にも知られず部に所属できたことを悠栖は驚いた。

 那鳥は裏で『姫』ともてはやされている有名人。

 自分と同じく、本人が嫌がってもいろんな情報が洩れて行ってしまうポジションに置かれているはずなのに、『入部』という大きな出来事をクラスはおろか学年でも寮でも誰も話していない。

 入部していない限り、こんなことはあり得ないはずなのに。

(だって誰か絶対見てるはずだろ? つーか、部員は絶対知ってるよな?)

 何故那鳥が『入部』しているのに、誰も喋らないのか。誰も知らないのか。

 悠栖は今自分の視線の先にいるのは、実は那鳥じゃないのかもしれないと変な方向に考え始める。もしかしたら那鳥そっくりな幽霊かもしれない……。と。

 しかし『ミステリー』の真相は程なくして解明された。

 それは那鳥が立ち止まった部室から出てきた一人の二年生の姿によって、悠栖達に『姫が部活を始めた』というニュースが出回らない理由が明かされたのだ。

「なぁ、アレって久遠くおん先輩じゃね……?」

「あ……。本当だ……」

 那鳥が手前に立っているからハッキリと姿が確認で来たわけじゃない。

 だが、それでも相手の名前が分かってしまうほど、その人はクライストでは有名人だった。

 それこそ、『姫』と称えられる生徒よりもずっと有名な二年生。

 彼の知名度に勝てる生徒は悠栖が知る限り一人しかいない。

 世界トップの大企業の社長令息であり、悠栖の友人でもある三谷まもるだけだ。

 確かに葵も『姫』の一人だが、葵の知名度は『姫』となる前から凄かった。それこそ葵が編入してくる前から話題が出てたぐらいだ。

 そんな葵の次に有名な人物であるのが、今那鳥と一緒に居る久遠悠真はるまという悠栖の一年上の先輩だ。

 彼は、金融界や政界だけでなくあらゆる業界に影響を与えることのできる金と権力を持つ久遠財閥の次期当主の息子であり、高いIQと超人のような身体能力、他者を惹きつける魅力的な容姿といった全てを持つ完璧な人間だと言われている。

 勿論、噂は誇張され、尾ひれが付きやすいことは知っている。知っているが、久遠悠真に関してはあながち嘘じゃないと、学年が違う上に部の先輩以外興味のない悠栖ですら思っている。そんな完全無欠の超人が、今、那鳥と一緒に居る。二人はどういう知り合いなのかとか色々疑問はあったが、それ以前の疑問は解消された。

 那鳥の『入部』が噂されない理由。それは恐らく、久遠悠真が関係しているから。

 寡黙で他人と関わることを嫌う彼は、滅多に感情的になることはない。

 しかしそんな彼を怒らせたが最後、その者はクライストに居られなくなるだけではなくこの世界で生きていられなくなると専らの噂だった。

 噂の真偽はともかく、ほとんどの生徒はそれを信じていて、『触らぬ神に祟りなし』と今では全校生徒が彼に関する話題を避けるようになっていた。

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