2 親衛隊(SS)の成り立ちと構造――黒服の誕生



 親衛隊という言葉を聞いたとき、多くの人がまず思い浮かべるのは「黒い制服」と「頭蓋骨の徽章」だろう。だが、あの黒服の集団は最初から巨大な暴力機構として存在していたわけではない。出発点は、党大会の喧噪と街頭の暴力の中で、「一人の演説家を守るための小さな護衛隊」に過ぎなかった。


 第一次大戦後のドイツでは、政治集会はしばしば殴り合いと破壊を伴う“格闘競技”でもあった。ナチ党も例外ではなく、大通りでは褐色のシャツを着た突撃隊(SA)が大人数で行進し、対立する政党を威圧していた。彼らの役割は大雑把に言えば「街頭の暴力」であり、数の多さと勢いがすべてだった。


 その中で、ヒトラーの周囲に置かれた少数の護衛が、やがて親衛隊(SS)と呼ばれるようになる。彼らは最初から“エリート”だったわけではないが、「総統の身辺を守る」という象徴的な役目を担ったことで、次第に他の突撃隊とは区別されていく。数ではなく“選抜”を重視するという発想が、ここで芽生えた。


 黒服が導入されるのは、この区別をさらに目に見える形にするためである。街頭を埋め尽くす褐色シャツの中に、黒一色の小さな隊列が混じれば、否応なく視線はそちらに向かう。儀礼、識別、威圧。親衛隊の黒は、この三つを同時に達成するための色だった。


 しかし、黒服の価値は単なる衣装にとどまらない。

 一九三四年、「長いナイフの夜」と呼ばれる事件で、突撃隊の指導部が粛清されると、ヒトラーは街頭暴力の主役を切り替える必要に迫られる。ここで台頭したのが、ヒムラーの率いる親衛隊である。突撃隊の「大雑把な棍棒」の代わりに、親衛隊は「選抜された警察的暴力」として位置づけられた。


 重要なのは、親衛隊が“党の中の軍隊”としてではなく、“党の中の警察・治安機構”として育った点だ。

 軍隊は外部の敵と戦うことを主務とするが、親衛隊は最初から「内部の敵」――反対派、裏切り者、疑わしい者――に向けられていた。組織の方向性として、ここからすでに国防軍とは異なる軌道を歩み始めている。


 突撃隊の権力を削ぎ、親衛隊を“信頼できる小数精鋭”として扱う過程で、ヒムラーはもう一つの思想を導入する。

 それが「血統」と「忠誠」を基盤とした選抜主義である。


 親衛隊員は、単に腕っぷしが強ければよいわけではない。出自、健康、生活態度、政治信条に至るまで、細かい審査を受ける。人事局が整備され、履歴と家系が記録され、結婚にすら許可が必要になる。こうして親衛隊は、「ドイツ民族の新しい貴族」を自任する“自己再生産装置”になっていく。


 ヒムラー自身は、農本主義的な理想を持っていた。

 土と血と規律に根ざした農民的貴族層――それが親衛隊員のあるべき姿だと考え、士官教育でも「政治的信仰」と「生活規律」を重視した。現実には官僚制と暴力の集団に堕していくのだが、彼らが内部で語り合った自己像は、やたらと高邁で、やたらと厳格である。


 この過程で、親衛隊は単一の組織ではなく、性格の異なる三つの系統に分かれていく。


 一つ目が、ターニャが所属する「一般親衛隊(Allgemeine-SS)」である。

 これは行政・政治・警察に関わる親衛隊であり、黒服と儀礼、そして机と書類を主な道具にする集団だ。党組織、警察、国家保安本部と結びつき、制度の中枢に食い込みながら影響力を増していく。


 二つ目が、「武装親衛隊(Waffen-SS)」と呼ばれる軍事部門である。

 最初は「親衛隊特務部隊」として、小規模な戦闘部隊から始まったが、戦争の拡大とともに兵力を膨らませていく。彼らは国防軍とは別系統の軍事組織として行動し、前線で“エリート部隊”を自称するようになる。


 三つ目が、「髑髏部隊(Totenkopfverbände)」である。

 その主務は強制収容所の管理であり、人間を数字として扱う冷たい現場を担当した。彼らは一般親衛隊と重なる部分も多いが、「収容所」という特殊な空間に閉じ込められた実務が、組織文化をさらに歪なものにしていく。


 この三つの系統は互いに重なり合い、しばしば摩擦を起こした。

 一般親衛隊の官僚は、「自分たちこそ親衛隊の中枢だ」と考え、武装親衛隊を粗野な連中と見下すことがある。

 武装親衛隊の将校は、「自分たちこそ最前線で血を流している」と主張し、机に向かう文官を軽蔑する。

 髑髏部隊は、収容所という閉じた世界で独自の残酷さを育て、他からも忌避される。


 ターニャが属する一般親衛隊は、こうした内部の序列意識の中で、自らを「政治と行政の精鋭」と位置づけている。

 彼女が武器ではなく書類と命令で戦うのは、単に非力だからではない。親衛隊そのものが、「内部統制」と「制度の支配」を本務とする政治警察として成長した結果なのである。


 黒服もまた、その象徴だ。


 親衛隊の黒い制服は、三〇年代後半にはすでに日常の実務からは退きつつあった。

 戦争が近づき、部隊が増え、前線勤務や野外訓練が増えると、実用性の高いフィールドグレーの制服が標準になっていく。黒服は次第に「式典用」「儀礼用」の衣装として保存され、特別な場面でのみ着用されるようになる。


 それにもかかわらず、本作のターニャは黒服を“常用”している。

 史実に照らせば、それは極めて例外的な扱いだが、合理的に説明する余地はある。

 すなわち、黒服そのものが「親衛隊の象徴的威光」を担う記号として維持されていた以上、ヒムラーが特定の人物に対してそれを常用させることで、「この者は親衛隊の意志そのものである」と周囲に示す効果が期待できる、という解釈である。


 黒という色は、死と規律と秘密を連想させる。

 キーの一枚を肩に掛けたところで、部屋の空気は変わらない。だが、黒服の親衛隊員が二、三歩踏み込むだけで、会議室の温度は確実に下がる。制服とは、そういうために用意された道具だ。


 一般親衛隊から国家保安本部へ人員が配属される場合、書類上はごく事務的な手続きである。

 人事局が候補者を選び、適性や経歴を確認し、必要に応じて追加教育を行う。視察官、調査官、分析官、参事官――呼び名はさまざまだが、要するに「命令と情報の通訳」として機能する官僚である。


 ターニャを史実の構造に当てはめるならば、

 親衛隊の中で選抜され、国家保安本部の一部局に付けられた“特別視察官”という立場になるだろう。

 彼女は銃を撃つのではなく、印章の位置と署名の順番で戦う。

 前線には出ないが、命令の一行を書き換えることで、師団一個の動きを変えうる位置にいる。


 「武力より書類で戦う」というあり方は、親衛隊の成長過程と矛盾しない。

 むしろ、親衛隊が“国家の影”になるほどに、黒服と印章と書類は重みを増していった。

 ターニャはその影の中枢に、年齢に似合わぬ速度で滑り込んだ存在として描かれている、というわけだ。


 次の特別回では、この親衛隊の黒服が、なぜそこまで強力な効果を持つのか――

 制服、階級、儀礼という三つの要素から、「権威の見た目」についてもう少し細かく見ていくことにしよう。

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