第4話 欠けた記憶


「ねぇ、私、絵を描くの得意なんだよ。これでも言われてたんだ。将来有望な、画家の卵だって」

 歩きながら、サキは、黒猫のクゥに話しかけた。


「そうかい。そいつは、良かったな」

 やはり、クゥの返事はそっけなかった。


「あんまり信じてないなー? そうだ、クゥの絵、描いてあげよっか?」

「……勝手にしろ」


 本当なら腰を落ち着けてじっくりと観察したいところであったが、クゥは立ち止まってくれなかったので、歩きながら書くことにした。


「ほんとは描いてほしいくせにっ」

 アキは表情を弾ませて、胸ポケットから、手のひらほどのノートと、ボールペンを取り出した。

 ノートを開く。そこには、花の絵、笑う友達の絵、犬の絵と、いくつかの自分が書いた絵があった。


(なんだろ、これ)


 一部、破られたページがあった。

 破った記憶もないし、ここに何かを書いた覚えもなかった。


 しばらく考え込んでいたが、まあいいか、とサキは気を取り直し、ペンを握った。

 しかし、ペンを握る手は動かなかった。


 描けないというより、書き方が、すっぽりと頭から抜け落ちてしまっているようだった。

 イメージは頭に思い描いているのだが、手が思うように動いてくれないのだ。


「あれ、描けない――」


 その瞬間、頭の中に鮮烈な熱が走った。


 ――そうだ、私は、絵が描けなくなったんだった


 そのことが、サキの脳裏に、鮮明に浮かび上がってきた。

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