【君の匂いがする時は】第2回ルビーファンタジーBL大賞応募作

手塚エマ

第一章 同じ匂い

第一話 佐伯薫


 京都の東山の路地裏にある老舗旅館の勝手口で、佐伯薫さえきかおるは一礼した。


「ありがとうございました。また来週の木曜日、いつもの時間にお伺いします」

「お疲れ様でした。ほな、よろしゅう頼んます」


 若女将が勝手口の外まで送り出してくれながら、品良く頭を下げて言う。

 今日は灰色がかった桃色の地に、彩り豊かな花々が流れるようにあしらわれた訪問着。

 ペールトーンの金糸の帯に銀地の帯締め。

 この時期の得意先回りは、

 家主それぞれの装いだけでも春を満喫することができる。


 そういう自分はといえば、ダークグレーのスラックスに白のワイシャツ。 

 ネクタイは紺の白のストライプ。色気も季節感も何もない。

 

 とはいえ、取引先は京都でも指折りの老舗料亭や旅館や、神社仏閣が大半だ。

 たとえアルバイトの大学生でも失礼のないように、一応身形は整える。


 線香や匂い袋などの小物類、筆、墨、和文具まで広く扱う佐伯香舗さえきこうほの店員は、男性なら藍色の無地の着物に、角帯と白足袋、そして草履で接客を行うが、営業や事務担当者は男性、女性共に制服としてのスーツが支給されている。


 ただ、受注した商品を配達する時は自社用車なので、着物に草履での運転は難しい。

 だから、商品の配達は営業の担当者か、佐伯香舗の一人息子の薫がもっぱら担当する。

 

 薫は今年の春に大学に入学したての学生だが、現在の代表取締役社長の母親から、「家の仕事と関係ないバイトするぐらいなら、うちでしなさい。バイト代はちゃんと出してあげるから」と命じられ、大学から帰った後の数時間と週末は、こうして稼業の使い走りで、ささやかな小遣いを稼いでいる。

 

 そして、主に商品の配送を任されるのは将来の社長として、得意先との顔繋ぎの意味合いを兼ねているからだ。

 その為、粗相のないように。

 少しでも好感を持ってもらえるようにという気遣いも忘れない。



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