金ケ崎と写真

 私、ジョー、ぶちょーは生物室で、机の上に広げた一枚の紙を深刻な表情で見つめていた。

 ジョーが唸る。

 ぶちょーがため息をつく。

 私はこめかみを抑える。

 そして、重い沈黙をぶちょーが破った。


「今年も……この時期がやってきたか……」


 一同、もう一度ため息をつく。

 その様子を見ていた東野君が、おそるおそるといった様子で聞いた。


「あの、そんなに大変なことなんですか?

 このーー部誌の発行って」


 そう、部誌の発行。存在感の無いの生物部の(生物の世話以外で)唯一の活動だ。


「別に、部誌自体はテキトーに飼育してる生き物の写真載せときゃなんとかなるんだ。

 ーー問題は、部員の写真撮影だよ」


 東野君が不思議そうに首を傾げる。昨年の惨事を知らない一年生はそうなるのが普通だろう。

 ジョーが声を抑えて言った。


「ぶちょー、もうそろそろッス」


 ぶちょーが頷く。


「東野、見てたらわかるよ」


 私達は扉の近くの物陰に身を潜める。だんだん足音が近づいて来る。ぶちょーがカメラを構える。

 もうすぐその扉が開く。

 3、2、1ーーカシャッ

 ぶちょーがシャッターを切った。がーー


「い、いない!?」


「どこ行った!」


 すると、後ろから声がした。


「残念だったな!」


 私は振り返った。そこにはさっきまでいなかった人物が。


「金ケ崎!いつの間に!」


「私が写真を撮られるヘマをするはずがないだろう?」


 あまりのラスボス感にぶちょーが一瞬たじろぐ。しかし、ぶちょーはその圧に屈することなく言った。


「でもな、金ケ崎。部誌に部員全員の写真が必要なんだよ。頼むから、今年は大人しく撮られてくれ」


「断ります」


 次の瞬間、金ケ崎は反復横飛びのような動きで私達を撹乱し始めた。もちろん、カメラは追いつけない。

 私は金ケ崎に叫んだ。


「金ケ崎!一緒に写真を撮ろう!

 写真に写ってもーーの!」


「ヘ……?」


 東野君が間の抜けた声を出した。

 そう、金ケ崎はーー写真に写ると魂を抜かれると、本気で信じているのだ。


「私は騙されないぞ!」


「大マジなんだよ、この江戸人!」


 未だ高速移動を続ける金ケ崎に、やけを起こしたぶちょーがシャッターを切りまくる。

 その間に、急接近した金ケ崎に驚いた東野君が失神し(後に肉食獣に背後を取られたような恐怖だったと語った)、押さえつけようとしたジョーがふっとばされるという事件が起こった(後にその覇気の前に手も足も出なかったと語った)。


「今だっ!」


 ぶちょーが叫んでシャッターを切った。


「やりましたか!?」


「甘いな」


 次の瞬間、金ケ崎の姿がフッと消えた。


「何っ!?」


「残像だ」


「嘘やん」


 もうお前、人間じゃねーよ。

 力尽きたぶちょーが膝から崩れ落ちる。金ケ崎が高らかに笑う。第2形態に進化したラスボスのように。

 私が……私がやるしかないのか……

 私はカメラを手にとった。


「あれ?ーー!」


「なんだとッ」


 金ケ崎が動きを止める。ぶちょーがバネ人形のような勢いで生き返った。


「見せろ!」


「ほら、確かに」


 少しブレているが、部誌に載せるには十分だった。


「躍動感がすごいな」


 ぶちょーがボソッと呟いたが、気にしない。

 金ケ崎が膝をつく。

 私達の勝利だ!私達は手を取り合って喜んだ。

 そこで突然、扉が開いて、八島さんが入ってきた。


「賑やかですが、何かあったのですか?」


「今、部誌用の写真を撮っていたんだ。八島も、はい、チーズ!」


 すると、八島さんがなめらかな動きでフレームアウトした。


「え、今、何を……」


「だって……」


 まさか……


「写真に写ったら、魂を抜かれるじゃないですか」


「お前もかよ!」

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