第2話 そして、魔法オタクと馬鹿と勇者で・・・

「ほんっとーうに、すいません!!」


 ディアは会心の出来ともいえる土下座を繰り出した。初対面の者にいきなり頭を下げられ、さらに、勇者をという目から鱗の落ちるようなことを言われてハーテンはひどく困惑した。


「あ、あの頭を上げてください。周りの人も見てますので……」


 ハーテンの言う通り、彼女たちの周りにいた村の女性たちはディアが土下座をすると、波が引くかのように距離を取り2人の行動を見守っていった。

 さらに「え、組合からの人? まさかエクスちゃんの、勇者払いゆうしゃばらいが滞っているからその催促?」や「違うわよ、このまえ酔って井戸の中に落ちて自主規制音ピーーーして、さらに自主規制音ピーーーしてしばらく井戸使えなくなったじゃない。それじゃない?」そして「そんな事で組合の人が来るわけないじゃない、きっとあれよ、一昨日賞金首の暗殺者が酒場に来たときに、あの子『言葉が通じれば解りあえます』って言って、宴会開いて仲良くなってこの村に匿ってるじゃない。それでしょ?」など、エクスの勇者の行動として到底許されるべきではない話を、ハーテンに聞こえないように囁きあっていた……が。


「はぁ、あの1つ星はなにやってんだか……」


 ハーテンには丸聞こえであった。


「あの、ハーテンさん」


 ディアは土下座をやめて立ち上がると、さっきとはうってかわって冷静で真剣な表情でハーテンに尋ねる。


「エクスを組合に呼び戻しに来たんですか?」

「……ええ、そうですね。呼び戻しというか、招集というか、まぁそんなものです」


 勇者組合の者以外には、極力今回の勇者の惨状を話すな。と出発前にバゲル組合長から耳にタコが出来るくらいに言われておりハーテンは返答を濁した。


「その話何とかしてなかったことにしてくれないでしょうか? エクスはこの村を気に入ってますし、勤務態度も……真面目? うん、連日ちゃんと警備の仕事をこなしてるんで真面目です! ですのでどうか、この村に残してあげてください」


 お願いします。と最後に言うとディアは頭を下げた。

 ハーテンはそんな仲間思いで真っ直ぐなディアを見て微笑むと……


「だめです」


 迷う間もなく、切り捨てるように鋭い言葉を放った。さらに、ディアの精神を粉みじんにするかのごとく言葉の雨を浴びせる。


「そもそも、組合法で町民、農民はいかなる理由があろうとも組合員の依頼に関する聞き込みにはを教え、決して。ご存知ですよね?」

「はい、すいま」


 ディアの謝罪を言葉という剣で受け流し、そのまま、さらに語調を強めるハーテン。


「――あなたは、私がエクスさんについて聞いたら、嘘をつこうとしましたよね? 妨害を企てましたよね? さらに、あろうことか組合から派遣された勇者を放り投げましたよね? これだけの罪を犯した者の願いを聞く道理はないと思いますが」


 ハーテンは言いたいことをひとしきり言うと軽く息をつき、血の気が引いて青くなっているディアの様子を見ている。ディアは頭を下げたまま、弱弱しい声で途切れ途切れに言った。


「私はどうか、エクスを村に残してあげてください」

「ほー、なんでも……と」


 ハーテンはフフっと意味ありげに含み笑いをすると、頭を下げてるディアの周りを歩きながら彼女の体を観察しだした。その動作は肉食獣が獲物を品定めする時の動きそのものだ。


「あなた、名前と所属組合は?」

「え、ディアといいます。農民なんで組合には所属していません」

「へー、けっこういい体しているから戦士組合か、拳闘士組合あたりに所属しているかと思ったけど違うのね。実戦経験は?」

「村の警備をしてるので、畑を荒らしに来る熊や猪となら……」


 ディアが不思議そうに答えると、ハーテンはふむと言い少し考えるそぶりをみせた。


「よし、その

「へ?ですか!」


 ハーテンの予想外の提案にディアは顔を真っ赤にして聞き返した。


「そう、ひさしぶりの旅だったからいろいろと溜まってるのよねー」

「――え、え?溜まる??どういうことですか?!ハーテンさん女性ですよね?」


 ディアの顔は耳まで真っ赤になっている。


「何当たり前のこと言っているの。私は、男とか女とか、エルフとかゴブリンとかそういうのあまり気にしないわ。

「え、あ、その」


 ハーテンの妖艶な笑みを直視できずに、真っ赤になったディアはあたふたしている。


「わ、私そういうの初めてで……」

「いや、あなたさっき実戦経験あるって言ったじゃない」

「……へ、実戦?」


 話がかみ合っていないようだ。どうやら、ディアはなにか卑猥なことと勘違いしていたようだ。


「何を勘違いしてるの!! 私がしたいのは!! 旅でストレスが溜まってるから、すっきりしたいの」

「あー、戦闘。戦いですね。いいですよ、いいですよ……え!!」

「良い返事で助かるわー。それじゃ、先手必勝!!」

 


 驚き、戸惑っているディアをお構いなしにハーテンは距離をとり呪文の詠唱を始めた……


陽光ひかりの中で踊りし、聖なる魔法素まほうそよ。我が命に従い、対象を狙い撃ちたまえ! 属性は光! 状態は誘導する複数の矢! 光矢必中こうやひっちゅう!! 斉射せいしゃせよ!! 聖なる軍隊の矢セイント・アローズ!!」

「――だから、ちょっと、待ってーての!!」


 ディアの必死の待ったも、興奮状態のハーテンには届かなかったようだ。

 ハーテンの周囲が一際白く輝いたかと思うと、魔法で生成された複数の光の矢が鋭い風きり音と共にディア目がけて射出される。

 ディアは為す術もなく「うわあー」と叫び声をあげた。誰もが、魔法がディアに当たると思った。その刹那――


絶対暗黒ぜったいあんこく!! お願い! 幕よ下りて!! 闇の幕間ダーク・インターバル!!」


 誰の声かわからない消え入りそうな詠唱と共に、周りの建物や人々の影から生成された闇が球体状に素早く混じり合い、光の矢よりも早くディアの前に移動する。その闇の球体は、水に垂らしたインクの様に不定形に形を変えると、音もなく風になびく闇の幕となり、ハーテンによって放たれた光の矢を飲み込んでいく。


「い、痛……くない!!」


 ディアは光の矢が刺さっていたはずの自分の体を「すげー」と驚嘆の声を上げながら見回している。


「ディアっていったかしら。あなた、見た目から戦士系かと思ったら魔法もしっかり習熟してるのね。それも、相手の魔法の属性と状態を見抜いて適切な防御をしてくるなんて、中々の食わせ者ね」


 手加減なしで全力で放てばよかったわと、舌打ち交じりにハーテンは呟く。


「へ? 属性? 状態? いや、恥ずかしい話、私は生活に使う火の生成魔法もろくにできないので」

「――嘘が下手ね。太陽が高い位置にあるこの時間は大気中の魔法素の大半が光属性で占められている。この時間の魔法的特徴まほうてきとくちょうは光属性が強化され、闇属性は不利に扱いづらくなるわ。だから、光属性の魔法は普段よりも消費魔法素を抑えられ、強力な状態で放つことができるの。私はそれを見越して魔法を使用したわ」

「太陽……高い位置、光」


 魔法が凄まじく苦手で、扱えないディアはハーテンの言ったことを何とか理解しようと彼女の説明に相槌を打ちながらぶつぶつと復唱している。そんなディアをお構いなしにハーテンは説明を続ける。


「あなたは、それを読んでた。だから、貫通法かんつうほうでもなく、上書き法うわがきほうでもなく、相反する属性でしかできない技術防御法ぼうぎょほうをした。さらに、私の魔法が太陽光によって強化されてるのを理解して、体内に蓄積している魔法素だけでは打ち負けるから、周りの影から闇の魔法素をかき集めてきた。これだけのことを相手の詠唱中に予測、素早く実行できるのはすでに3つ星英雄級の魔法使いの実力よ」

「カンツー……ウワバキ……ボーギョー」


 ディアは必死に復唱している。限界が近いようだ、すでに瞳の中にはうずまきが発生しているかのようで視線が定まっていない。


「それだけではないわ!! 魔法の状態も盾や、鎧など一般的に守りのイメージがついている物のほうが防御するときには使いやすく、創造しやすいのにあなたは使わなかった! これは、魔法素を戦闘で使える程度に固形化、硬質化するのには時間が掛かるため、先出し+強化された私の光の矢に打ち負けてしまうから。あなたはそれを予見しという選択肢を捨て、防御法をとった! これは、防御法の中でも最上位の技術よ!! その魔法の状態の選択も、液状と布状の中間地点のような不定形!! 想像しづらく、創造もしづらい、だけど包んでかき消すという目的においてこれ以上ない最適解!! 正に経験、技術、才能三拍子そろってないとできない芸当よ。4つ星伝説級の魔法使いでも実戦でここまでできるのはあまりいないわ……」

「」


 ディアは既に考えること、理解することを放棄して夏の日差しに焼かれる肉の塊となり果ててしまった。

 周りで彼女たちを見守っていた村の女性たちは、説明が段々と早口になり熱を帯びていくハーテンの様子にかなり引き気味になり「やだ、あの人魔法オタク?」「魔法組合への勧誘かしら」「魔法使いって昔から頭おかしいのが多いのよね」などと囁きあっている。が、ハーテンの耳には届かず彼女は説明を続ける。


「そして、なによりも一番腑に落ちないのは、私の魔法の実力は現役の時と変わらず4よ。いくら手加減したとはいえ、強化された4つ星の光魔法を時間的に不利な闇属性で真っ向勝負し受けきる。ここまでいくと、最上位5つ星創世級になれる潜在能力があると言っても過言ではないわ……あなた何者?」

「…………へ?なんて?」


 ディアは立ち尽くした肉塊から、二足歩行のできる動物へと戻ると間の抜けた返事をした。ああ、彼女の記憶は、ハーテンの魔法的特徴の説明から飛んでいるのだろう。

 そんな、ディアの様子を見たハーテンは馬鹿にされたと勘違いしたのだろうか青筋を立てながら、その身を怒りで震わせている。


「……そう、そうよね。それだけの実力があるなら私の低俗な説明はさぞかしつまらなかったでしょうね!」

「え? 何のことですか?! 私は魔法なんて本当に」

「――黙りなさい!!もう、やめだわ」


 ディアの返事にかぶせ気味にハーテンが叫んだかと思うと、戦意を喪失したのだろうか? 彼女は先ほどの怒りの状態からだらりと肩を落とし、視線は夏の日差しを明るく反射している水たまりを見ている。

 ハーテンの戦意喪失の姿を見てディアは安堵の息をつくと「お、終わった」と吐く息と一緒にその場にへたり込んでしまった。


「何を勘違いしているの! 私がやめたのはよ! これからはよ!」


 どうやら彼女の戦意は喪失されるどころか、怒りの炎によってより強く、燃え上がってしまった。

 ハーテンは、慌てふためくディアには目もくれず詠唱に意識を集中させる……


「天から降り注ぎし光の魔法素よ。今こそ、我が怒り! 闘志に呼応し、命に従い尽力したまえ! 属性は光! 状態は裁きの大槍!! 神罰抜槍しんばつばっそう!! 我が敵に神々の怒りを」



「――す、すいません。も、もうやめて下さい」


 ハーテンとディアの間にどもりながら割って入る黒い影。艶のある銀色が混じった灰色の髪をなびかせ、うずくまって怯えているディアを抱きしめる。


「あら、エクスさんお久しぶり」

「エェクゥス~」


 そう、ハーテンがこの村を訪ねた目的。半ベソをかいているディアの友人。そして、勇者組合に残された希望エクスだ。


「エクス~、助けてくれてあ゛り゛がどお゛ぉ。エェクゥ……え、くっさ!!」


 半ベソのディアは、エクスの衣服に染み付いた先ほどのゲロの臭いで正気に戻った。


「ご、ごめん、ディアちゃん。水で洗っても臭いがとれなくて」


 エクスはあたふたしながら、ディアから離れる。


「エクスさんお取込み中悪いけど、少し席を外してもらっていいかしら? 組合の仕事の前に目の前の嘘つき魔法使いとの決着をつけたいの。」


 ハーテンの圧力に怯えながら視線をそらし、エクスは干からびた果物から汁を無理やり取り出すように、か細く小さく言葉を絞り出す。


「あ、あのすいません。つ、使ってないんです」

「――はい? 何?」


 エクスの煮え切らない返事にイラついたハーテンが怒りの足音を立てながら彼女に近づく。エクスはハーテンが目の前に来ると恐怖で震え、目に涙を溜め視線を落とし口ごもってしまった。

 ハーテンは深く深くため息をつくと、革袋からノンストの葉を取り出し口元にあて、何回か呼吸をした。


「……エクスさん、こっちを向いて、ゆっくりでいいので答えてもらっていいかしら?」


 さっきとは正反対の優しい声を出し、自分の体よりも小柄なエクスの顔を覗き込むようにハーテンは少しかがみこむ。


「は、ばぃ、ずい゛、ずい……ばぜん」

「もう、すぐに泣かないの」


 ハーテンは微笑むと、取り出したハンカチで彼女の涙、鼻水をふき取る。


「それで、何て言ったの」

「すいません、ディ、ディアちゃんは、魔法を使ってないんです。」

「そうなの。それじゃ誰が……」


 ハーテンはそこまで言って口を閉ざし、あることに意識を集中させる。エクスに近づいたことで、彼女から何かを感じたのだろう。


「エクスさんあなた」


 驚いた表情で口を開くハーテンが言葉を言い終わる前に、エクスが真実を告げる。


「――す、すいませんさっきの、さっきの魔法は私のです。」

「ありえないわ。だってエクスさんは1つ星町の人級でしょ。報告されてる所持している勇器ゆうきも、それから発動される勇技ゆうぎも戦闘向きではなく、戦闘能力、魔法能力、依頼遂行力も等級検定依頼で最低評価だったはず。……でも嘘はついていない。その証拠にあなたの周囲からさっきの闇魔法と同じ闇属性の魔法素を感じるわ。どういうこと?」


 早口にまくし立てるハーテンの言葉に、目を白黒させながらエクスは小さい声ではあるが聞こえる様に答える。


「そ、それは、検定依頼の時はその、パーティーの皆に、い、言われて」

「パーティー? 確かあの時は勇者養成学校を卒業して、各組合で研修を終えた勇者同士で組み合わせたグループだったかしら?」

「は、はい。研修のパ、パーティーとは別のです。」

「エクスさんのパーティは、傷口回帰きずぐちかいきの勇者、えー、文豪大剣豪ぶんごうだいけんごうの勇者、あとは瞬……」


 記憶を辿りながら喋るハーテンを遮るように、立ち直ったディアが今度は間に立つ。


「ハーテンさん、あまり詮索はしないで欲しいんです。その、今のエクスを見てるとこれは思い出したくはない事だと思うんですよ」


 ディアの言葉で我に返ったハーテンは、エクスの方を見る。

 さっき泣き止んだはずのエクスの表情は哀しみの涙で溢れかえり、嗚咽交じりに「す、すいま、せん。ご、ごめん……なさい」と謝罪の言葉を繰り返している。

 そんな、エクスを慰めるようにディアは優しく彼女を抱きしめ「大丈夫、大丈夫、恐くないよ。」と優しく声を掛けながらエクスの頭を撫でて自身の胸に顔をうずめさせる。


「……エクスさん悪かったわ。気付かずに無理に詮索してしまって。そのままでいいから聞いてほしいの。」


 ハーテンは荷物の中から、一枚の巻物を取り出しそれを広げる。


宴会遊者えんかいゆうしゃの勇者、エクス。組合から緊急依頼です。直ちに」

「――待って下さい。こんな状態のエクスを依頼に引っ張り出すんですか!! 勇者組合にはもっと実力のある方がたくさんいるはずでは? 王国院に所属する組合の中でも一番多くの依頼をこなし、規模も一番大きい組合ではないですか。それが、急に1つ星の勇者を頼ってくるなんて異常ですよ! 間違ってますよ!」


 ハーテンは、「また、あなたは組合法を」とつぶやくと深くため息をつきディアに言い返そうとすると……


「勇者だー!! 勇者をだせ!! 勇者を差し出さなければ、この村に火をつけ村人を皆殺しにするぞお!!」


 村の入り口の方から野太い声が響き渡る。周りで彼女たちのことを見守っていた村の女性たちはその雄たけびを聞くと「山賊よー」「大勢で攻めてきたわー」「助けてー」と口々に叫び声を上げると蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。


「はー、まったく仕事を早く終わらせないといけないのに」


 ディアは、呼吸するかのようにため息をつくハーテンに声を掛ける。


「ハーテンさん、お願いがあるんですけど」

「――またこの流れ?だ・か・ら組合法も碌に守らない」


 ディアのお願いを断ろうとしたハーテンの足元に山賊が投げてきた新品同様のよく切れそうな手斧が重い音を立てて突き刺さる。


「おらぁ!! そこの緑髪ばばぁと乳牛娘!! 勇者つれてこんかい!!」


 革装備に身をつつんだ十何人の屈強な人間の男達が彼女たちのほうに近づいてくる。


「この村に来たことを後悔させるわよ。ディアさん。」


 憤怒の雰囲気を身に纏いし緑髪ばばぁこと、ハーテンが先ほどの回答とは手のひらを返すように変え、ディアに話しかけた。


「いや、この世に生まれてきたことを後悔させましょう。ハーテンさん。」


 と激怒の鬼神と化した乳牛娘こと、ディアが答えた。


「あら、いいわねそれ。あなた中々良いじゃない。」

「本当ですか。ありがとうございます。エクスは私の後ろに」


 ディアは抱き抱えていたエクスを離すと、エクスの表情に驚愕の声を上げる。


「エクス!! どうした、起きてよ!! 起きてーエークス!!」


 そう、エクスはディアの胸で自身の涙と鼻水に埋まり窒息、気絶していたのだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る