91.宰相と使者は通じ合う

 聖女発見の報を携えた蝙蝠の飛来により、魔族はほっと胸を撫で下ろした。人間の城を襲って奪ったのに、逃してしまったら台無しだ。聖女を使って異世界から勇者を召喚するのは、魔族も知る話だった。あのドジで悪びれない女児が聖女とは世も末だが、女神の加護の強さはトップクラス――最強の勇者を呼び出されたら困る。


 主君である魔王を苦しませる勇者は、異世界から来るたびに「チート」と称される特別な力を持っていた。前の世界を捨てる代償らしいが、この世界にない武器や魔法を持ち込むため、魔族にとっては天災に近かった。原理が想像出来ない魔法への対応など、誰も思いつかないのだから。


 無事、魔王の手元に聖女が囚われている実情は、魔族にとって安心材料だった。


 ネリネはドラゴンや魔獣達に目配せし、情報を秘するよう指示する。意味が分からなくても従うのは、上下関係が厳しい魔族ならではだろう。取り囲んだ人間を見下ろすドラゴンは、口の端から炎や氷を吐き出し、威嚇を続ける。騎士は身を寄せ合い、互いの背を守る円陣を組んだ。


 緊迫して見える状況で、ネリネは必要な者と不要な物を振り分ける。当事者の思惑と違おうと、現実はいつだって残酷だ。


「リクニスの使者殿、勇者殿、改めて城にご招待申し上げます」


 ミューレンベルギアの使者であるリナリアは、魔力を大量に保有している。その息子である勇者セージも使えるだろう。そう判断した宰相ネリネの動きは丁寧だった。


 にこやかな笑顔で彼らを、魔王城へ誘導する。その対象に、人間の王子と騎士は含まれなかった。野垂れ死のうと竜に踏み潰されようと、痛くも痒くもない。集まった魔獣も彼らを襲う気はないが、魔王に危害を加えるなら叩きのめすと牙をみせ唸った。


 ぐるりと見回し、リナリアは少しばかり思案する。ここで王子達を見捨てても、別に実害はないのだけれど……恩を売ったら高く買い取ってもらえそう。男爵家の妻として家庭菜園を営み、細々こまごまとした家庭内の切り盛りをする主婦らしからぬ、黒い一面が顔を覗かせた。


「母上、早くティアのところへ」


「待って」


 逸る息子を落ち着かせ、笑顔を崩さないネリネに向き直る。正面から目を覗き込み、リナリアは心配そうな顔を作った。


「ネリネ様でしたかしら? 残った方々をどうなさるおつもり? 心配でお城に呼ばれる気になれませんわ」


「……なるほど」


 この女性、一筋縄ではいかない。下手な人間の外交官より厄介かもしれません。ネリネは考えをまとめるために、うーんと唸って時間を稼いだ。僅かに唇を動かすリナリアの意図を読み、ネリネは芝居がかった所作で指を鳴らして提案した。


「こうしてはいかがでしょうか。使者殿の従者として……責任を取っていただけるなら、同行を許可いたします」


 ネリネの切り返しに含まれる、責任はそっちで取ってもらおうの部分に気づき、リナリアは夜空を仰いだ。考え込んでいるとも、予想外の条件に嘆いているようにも見えた。


「構いませんわ、責任を持ちます」


 リナリアの断言に、騎士と王子は魔獣やドラゴンの威嚇から解放され、腰が抜けてへたり込んだ。

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