88.敵にせず味方にすれば切り札?

 リッピア男爵家――リクニスの直系である母リナリアを中心とした一家には、重大な決まりがあった。セントランサス国の成人は数えで18歳になった春だが、リクニスでは20歳の誕生日をもって成人とみなす。昨年誕生日を迎えたセージは成人を認められ、一族の秘密を聞いていた。


 成人するまで秘される一家のルーツと、彼らが持つ能力は、他国が喉から手が出る程欲しがるものだ。各地に散らばり情報を集めるリクニスの一族は、己の身を守るために出身を隠している。リナリアやルドベキアも同じだった。かつて世界を揺るがすと言われた魔術師の一族であり、各国が争って求めた血筋なのだ。


 行商人としての仕事の一番重要な役割は、彼らに届ける物資ではなく受け取る情報にある。それを集めて村の巫女ミューレンベルギアに届けるのが、ルドベキアの本当の仕事だった。


 今年の誕生日を迎えれば、秘密を共有するニームだがまだ知らない。彼が誕生日前に結婚しないよう、ルドベキアは仕事を調整した。忙しく他国を移動し、ニームを家や隣家の少女に近づけなかったのだ。2人が結婚することに反対ではないが、秘密を知って気持ちが変わることを恐れた。


 世界中に手配された一族の末裔――その烙印は、常について回るのだから。


 気づけば末娘であり、ミューレンベルギアの地位を継げる娘クナウティアは聖女に選ばれ、世界の表舞台に引き摺り出されていた。女神という超常的な存在の惨酷さを、どれだけ嘆いても遅い。


「ねえ、父様……起きてるんでしょう」


 つんつんと鼻を突き、クナウティアはルドベキアを覗き込む。ちらっと目を開けて苦笑いするルドベキアに、ニームが溜め息を吐いた。


「無事なのか」


 武道に長けた父を倒すとは、魔族は門番から強いのだな。感心しながら鱗人と話していた兄を手招きし、クナウティアは温めていたアイディアを口にした。


「このお城、すごく居心地がいいの。みんなでここに住みましょう!」


 最高の提案だ。聖女はそう考えるが、魔族は当然違う。魔王シオンや宰相ネリネの許可なく、魔王城の住人を増やす話に同意できなかった。さらに彼らは人間だ。普通の人間と違う部分も多々あるが、分類は敵種族だった。こんなもの受け入れたら、周囲の魔族が騒ぐだろう。


「いや……それは」


「条件付きで許可してやろう」


 ばさりと黒い翼を広げた魔王の降臨に、鱗人達は慌てて膝をつき頭を下げた。騒がしいと窓を開けた下で交わされていた話を、風で増幅して聞いていたシオンは、夜空色の瞳を細めて笑う。


 ネリネからの報告で、当代の聖女の桁外れの加護を聞いた。もし彼女を帰らせれば、強大な敵となって攻めてくる。ならば、こちらの手駒として操ればいい。敵にして手強いなら、味方にすれば最強の切り札だった。


「本当? いいの? やった!! ありがとう、魔王様」


 手を叩いて喜ぶクナウティアの言葉に、セントーレアが叫んだ。


「えええ?! じゃあ、ここは魔王城?」

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