59.繰り返す悪循環の苦しみ
勇者(仮)と賢者(予定)が騎士を交えて盛り上がっている頃、魔王城もそれなりに賑わっていた。
「結局どうすればいいのだ?」
困ったと呟く魔王シオンの脇で、ネリネはひとつの案を提示する。その案は一番最初に否定されたものだが、この際むし返して通さなくては会議が終わらない。机の上に積み重なっているであろう書類の山を思うネリネは焦った。
「ですから……最初に申し上げた通り、人間を滅ぼしましょう。彼らは勝手な言い分で我らの仲間を殺し、魔物を追い立てます。かつて我らが手出しを控えた時期もありましたが」
そこで思わせぶりに言葉を切る。ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ面々が、真剣に聞き入っているのを確認して続けた。
「人間は自分たちに害がなくとも、我ら魔族を迫害しました。攻撃の意思がないコカトリスの首が撥ねられ、ドラゴンの皮が剥がれた事件をお忘れか!」
「……あの時は酷かった」
ぼそっと呟いたシオンの後悔が滲んだ声に、魔族は一斉に溜め息をついた。幸いにしてコカトリスは鶏と同じで、落ちた首をくっつけることが出来たし、ドラゴンの剥がれた皮も取り戻して復元したが。
魔族が人間を攻撃するから反撃されるのではないか? もしこちらが手を出さなければ、人間どもも手出ししないに違いない。そう考えたのは5回前のループだった。
魔族は殺したくて人間を殺すのではない。食料にするわけではなく、奴隷として使役もしない。もちろん犯したり嬲り殺す趣味もなかった。多少変態じみた魔族もいるが、魔族内できちんと処理している。
魔族が人間を襲ったのは、最初に魔王を刺した勇者への復讐が目的だった。もう忘れるほど昔、人間と隔てられた空間が突然繋がったのだ。小さな魔物が通り抜けられる程度の綻びは、すぐに大きくなった。
新し物好きな魔族は、こぞって人間の世界に降りる。ここまでは問題なかった。魔王シオン自身も興味を持ち、彼らに続いたのだから。
見たことがない景色、食べ物、青い空にも感激した。魔族の棲まう地は常に赤い空が当たり前だったのだ。魔王が降りたことが原因なのか、別の要因があったのか。2つの空間は1つに重なった。
魔族の棲まう地に青い空が生まれ、人間の住まう空が夕暮れに赤く染まる。互いが上手に融合したのだと信じた。だから友好の証だと訪ねてきた若者を受け入れる。
新たな隣人を快く招きいれた結果が、魔王の死だった。魔族の核となる存在の死は、すぐにリセットされる。無理やり封印状態を作り上げ、他の魔族を巻き込んで修復が始まった。
目覚めた時……世界は別の人間達の支配する地となり、哀れ無力な魔物は狩られる。守ろうと強欲な人間を追い払えば、また勇者を差し向けられた。殺され、封印されること3回目にして、魔王は初めて敵対を試みる。
若い勇者を迎え撃ち、賢者と聖女もろとも殺した。これでループは終わったと思ったのに……再び巡る輪に取り込まれる。
「今度こそ、彼らを排除しなくてはなりません。なぜなら、我らが試していないのは……もう、
言い切ったネリネは、複雑な心境でシオンを見上げる。玉座に座る魔王が誰より優しいと知るからこそ、この提案を受け入れて欲しかった。自分達が手を汚すから……ただ決断を。
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