48.女神すら巻き込まれる渦
リッピア男爵家――知る人ぞ知る有名な一家である。父ルドベキア、母リナリアの間には3人の子供がいた。長男セージ、次男ニーム、末っ子で長女のクナウティアだ。彼ら一家が城塞都市リキマシアに住んだのは、クナウティアが2歳の頃だった。あの土地に移り住んで14年目である。
リキマシアに越してくるまでの動向を知る者はなく……また彼らの生まれ故郷の話を聞いたことがある者もいなかった。親しく過ごす近所の者も含まれる。幼馴染であるセントーレアの一家も、付き合いがある14年間の情報しか持たなかった。
そこまで徹底して情報管理をする理由が、一家にはあった。その秘密の一端が、父ルドベキアがセージへ託した短剣に刻まれた紋章だ。大陸を支配した魔道一族リクニスが掲げた紋章である。栄華を極めた一族は、数十年前に突然姿を消したと伝えられ、御伽噺のように語り継がれてきた。
「リクニスの血族をご存じですか」
言葉遣いを改めたセージに、リアトリスは頷く。子供の頃に読み聞かせられた御伽噺の主人公であり、フランネル国の盟主だった。息をするように古代魔法を使いこなす当主を頂点に、複数の家が彼と同盟を組んだ。フランネルは、服従させ支配をもくろむ他国と対峙するため同盟国家だと伝えられる。
圧倒的な魔法の力を持ちながら他国を侵略することなく、攻め込まれることもなく防ぎきり……ある日突然姿を消した。その強さと心の在りようが褒め称えられ、語り継がれたと聞く。
セントランサス国は国交があったため、彼らの残した魔道具がいくつか残されていた。賢者になると手にする杖も、その魔道具のひとつである。
「父が預けた短剣はリクニスの紋章です。我が家はリクニスの血族に連なる一族だと思います。父母ははっきり言いませんでしたが……」
今頃どこへ移動したか。セージは父の行商人の仕事に疑問を覚えることがあった。各地を回り、あちこちで商売をする。そのはずが、同じ客と店しか回らない。新規顧客や仕入れ先の開拓を提案すると、複雑そうな顔で首を横に振った。
何か隠している。気づいた長男に父は「いずれ説明する時がくる」そう告げて口を噤んだ。母に尋ねても同様の答えがあり、弟ニームと肩を竦めて諦めたのだ。今になれば、聞き出しておけばよかったと悔いが残る。
返された身分証明の短剣を手に、セージは妹の無事を祈った。
「リクニス……そうであれば、これ以上ない味方だ」
なるほど、聖女はリクニスの血族に現れたのか。リアトリスは納得して頷いた。当代の魔王や魔族は過去の文献から想像できないほど強い。勇者召喚を行う前に先制攻撃を仕掛けて聖女を攫った。強い敵であるからこそ、女神ネメシアは強者の血筋から聖女を選んだのだろう。
女神の有難い思し召しだと感激するが、空の上で女神は首をかしげる。どこまでも広がり続ける誤解の渦は、ついに女神も巻き込み始めていた。
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