37.いけないことだなんて
全力で体当たりする。大広間に入る前に武器を預ける作法を、これほど悔やむと思わなかった。回り込んでも入口で衛兵に止められたら動けなくなる。近くにある高価そうな石像を掴み、全力でノブを叩いた。
ばぎっ!! 嫌な音がしてノブが折れる。そのまま蹴飛ばせば、ドアは造作なく開いた。慌てて飛び込んだ視線の先で、丸くなって震える妹がいる。僅かに解かれた背中の編み紐と、押さえつけるように王太子の方へクナウティアの肩を押さえる侍女の姿に怒りが爆発した。
「貴様っ! 一度ならず、二度までも!!」
全力で飛び掛かる。途中で止めに入った騎士を一呼吸で床に叩きつけた。こちらに得物がなければ、騎士も素手相手に剣は抜けまい。素手同士の戦いなら、盗賊退治に慣れたセージが負けるはずはなかった。
騎士の意識が落ちたのを横目で確認し、王太子と妹の間に入り込む。侍女の手を払い、クナウティアを抱き寄せた。膨らみの足りない胸だが、コルセットのおかげで僅かな山ができてドレスからはみ出している。
「これを着て。ティア」
睨み付けて牽制しながら、上着から腕を抜いた。セージの動きを妨げないよう、苦労しながら上着を羽織ったクナウティアは、最低限の護身術くらい習えばよかったと後悔する。こうして兄に守られなければ、聖女の役目ひとつこなせないと思わなかった。
のんびり畑仕事をしていた、過去の自分に教えてやりたい。体温が伝わる上着の胸元をきゅっと指で掴み、ぶかぶかの袖を少し捲った。
城の内部、それも王族に近い場所に配置される騎士は実力者だ。それをいとも容易く倒したセージに、王太子リアトリスは驚いていた。
師匠であるアルカンサス辺境伯の治める、城塞都市リキマシアで聞いた話が過ぎった。一般の民の中に、辺境伯の軍が出陣した留守を狙った盗賊団を倒した者がいると。それが彼なのかもしれない。
強者に尊敬の念が強いリアトリスは、感動して動けずにいた。妹である聖女に上着を被せる仕草で、初めて彼女のドレスが緩められていた事実に気づく。脱がせるため後ろにいた侍女が、慌てて紐を掴んだので胸元は緩まなかった。それが徐々に解けている。
リアトリスは慌てて目元を手で覆って、くるりと背を向けた。
「失礼した」
女性の着替え中と知らずに入室したことに、やっと気づいたのだ。これでは兄であるセージが怒るのも無理はない。聖女に対する申し訳なさと、強者である彼に眉をひそめられたショックで、リアトリスは小さな声で呟いた。
「申し訳なかった」
それは未婚女性の着替えに気づけなかった無礼を詫びる言葉だ。出直そうとリアトリスは部屋を出た。だから彼には聞こえなかった。
「やっぱり……手を出したのか」
きょとんとした顔でクナウティアは首を傾げる。手を出すとは、文字通り手を伸ばすことだろうか。確かに馬車に乗る際、王太子と手を繋いだ。あれを怒っているのね。
王太子の退出に合わせ、セージに倒された騎士は侍従達の手で回収された。
男性の手に触れるのは、はしたない行為かも知れない。社交界デビューするような家柄ではなく、自由奔放に育てられたクナウティアは青ざめた。エスコートされた経験がないため、家族以外の男性に手を握られたのは数えるほどしかない。
「ごめ……なさい、私。知らなくて」
いけないことだなんて思わなかった。ぽろりと涙を溢したクナウティアに、振り返ったセージは慌てて、上着の胸ポケットからスカーフを取り出す。ハンカチがわりに彼女の頬の涙を拭い、「可哀想に」と抱きしめた。
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