27.覚悟を決めた母は強し!
セントーレアへの説明は、次男ニームが請け負った。氷魔法が得意なニームは、通い慣れた幼馴染みの家に向かう。隣の隣だが、一応相手は男爵家だ。きちんと身なりを整えて向かった後ろ姿に、父が「そろそろ決めてくれればいいが」と懸念をひとつ呟く。
互いに想い合う姿を周囲に見せつけながら、本人達だけが相手の気持ちに気づかない。片思いだと思い込み、告白できずにいた。一人娘セントーレアの婿として、彼女の両親もニームを認めているのだが……。
「ニームお兄様は奥手なのよ」
ませた単語を覚えたら使ってみたい年頃のクナウティアは、大人ぶって口にした。明るい笑い声で流したセージが、クナウティアへ手を差し伸べる。素直に右手を預けた妹をエスコートし、長男は両親に一礼した。
すでに荷造りは済ませた。元から旅商人であるセージにとって、荷造りは慣れたものだ。最低限必要な物だけ纏める。逆に荷物が多くて困ったのは妹クナウティアだった。
お気に入りのクッションから家具まで持っていこうとする。旅慣れない者特有の、物への執着を言い聞かせて我慢させた。服も最低限あればいい。聖女様に祭り上げる以上、王宮や教会がいくらでも与えるからだ。
魔王討伐に駆り出される代償なら、どんな豪華なドレスや高額の宝石でも安い。うら若い乙女を戦場に連れ出すのだから。
「いいかい? 受け答えは俺がするから、ティアは黙ってるんだよ」
「お兄様に任せるわ」
「時々相槌を打てばいい」
「わかってるわ」
打ち合わせは念入りに行われた。兄セージがいなければ魔王退治に出掛けたくないとゴネて、同行を許可させる方針だ。少し前に忍び込んだ強盗団を倒した功績も利用し、恩を着せた部隊長を脅してでも妹についていく。
「行ってきます、お父様。お母様」
普段は出かける父や兄を見送ってきた。「いってらっしゃい」を口にする立場だが、今日は逆だ。鼻を啜る父ルドベキアを、母リナリアが突いた。何か気の利いた言葉を掛けようとするが、ルドベキアは喉が震えて言葉にならない。
「もう、男はだらしないんだから! ティア、もし嫌になったらセージと逃げていらっしゃい。安全に匿える場所を用意して待ってるわ」
逞しい母の確約に、クナウティアの不安は払拭された。兄が一緒なら縛られたり、口を塞がれても助けてもらえる。淫らな役目を回避できるかも知れない。いずれ、父や兄のような素敵な人を見つけて結婚するのが夢だから、絶対に無事に帰ろうと決意した。
「父さん、行ってきます」
大きく頷き、息子の肩を叩く。ようやく抑え込んだ涙を飲み込み、震える声で激励した。
「ティアを守り抜け。家や母さんは俺が守るから、この子を……頼むぞ」
「はい」
手を振って歩き出す息子と娘を見送り、姿が見えなくなるとリナリアは夫を急かした。
「あなた、早くしなくちゃ。実家に戻るわよ」
収穫できる野菜を確保し、荷馬車に家財を放り込む。家具類は仕方ないので置いていくが、食器や家族愛用の品は忘れずに積み込んだ。がらんとした家を見回し、リナリアは指差し確認を始める。
「母さん、セレアが……」
「「「私達も行きます!」」」
ニームから事情を聞いたセントーレアの一家の申し出に、少し考えてリナリアは頷いた。
「わかったわ。急いで荷造りしましょう」
この日、城塞都市リキマシアから2つの家族が脱出した。人知れず……と言いたいが、近所の人々に見つかり、大量の食料や土産を持たされ派手に送り出されたのは翌朝だった。
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