16.最前線、城塞都市の強さの秘密
思わぬ罵りに気を取られた直後、後ろに回り込んだ存在に気づく。身体は無意識に、攻撃の気配を感じて動いた。突き出された拳を剣の柄で受け流し、回り込んだ男に向き直る。
赤毛の男の息子だろう。先ほどの青年とは別の青年だった。ガウナは知らないが、クナウティアの一番上の兄セージだ。腰のベルトに短剣を持っているが、抜くことはしなかった。妹クナウティアの友人で幼馴染みのセントーレアに言いよる、不埒な虫を退治しようと蹴りを放つ。
騎士は剣技に磨きをかけるが、旅商人は逃げ足と格闘戦に定評があった。盗賊相手に戦ったり逃げることも多々あり、世間で考えるより強いのだ。凄腕の商人の中には、そこらの護衛より強い男もいるくらいだった。そしてクナウティアの兄2人と父は、その格闘戦が強いことで有名だ。
情報を知らない騎士ガウナが一方的に不利だった。しかし民相手に剣を抜かないのは、騎士の誇りであり、彼の信念でもある。守るべき相手に向ける剣は持たない。その覚悟は立派だった。問題点は相手の強さを読み誤ったところだけ。
「兄さん、加勢を」
「ニーム、お前はセレアと母さんを守れ。父さんは行ってください」
弟のニームに女性達の守りを任せる。ニームはセントーレアに惚れていた。ここで守る役目は彼以上の適任者がいない。何よりこの状況で最も急ぎなのは、この変態騎士の排除より、可愛い妹クナウティアの奪還だった。
蝶よ花よと育てた妹は素直で愛らしい。彼女を見初めた変態神官が出てもおかしくなかった。きっと聖女だと言い聞かせて、妹を拘束しようとしたのだ。クナウティアの純潔が穢されてから、やっぱり聖女ではなかったと返されても遅い。
女神ネメシアへの信仰心は強いが、教会への不信感は激しかった。それだけ教会という組織が民から信用されていない証拠である。女神の名を騙って、一般の民から金を巻き上げる者も地方の教会には溢れていた。それを取り締まらない本部の神官も同等にみられる。
父ルドベキアが大きく頷いた。商人だからこそ、金で融通すれば動く神官や役人をたくさん知っている。親子の懸念は、この国の中流層なら抱く当たり前の感覚だった。
「わかった。頼むぞ」
息子達に声をかけ、ルドベキアは黒馬に跨った。そのまま高低差のある街を駆け抜けていく。騎乗に慣れた騎士ですら躊躇う坂を、器用に手綱を操るルドベキアに従い、黒馬は駆け降りた。
「なっ! なんという……」
巧みな手綱捌きか。あれなら王城の同僚達へ乗馬の指導ができるぞ。
「よそ見とは余裕だな」
操馬の巧みさに感心し、思わず立ち尽くした騎士ガウナの頭を、回し蹴り1発で仕留めたセージが溜め息をついた。戦いの最中によそ見とは、随分舐められたものだ。
「ぐぁ……っ」
油断したわけではないが、非常識な体術レベルを誇るセージに叩きのめされたガウナは、石畳に転がった。
「どうしたんだい、セージ君」
倒れた騎士を見ながら、近所のおじさんが不思議そうな顔をする。この城塞都市は魔物との戦いに巻き込まれたり、他国との戦闘の最前線となる場所だ。誰しも多少の武術の心得があった。
その中でも魔物を狩りながら旅をするクナウティアの家族は優秀で、城塞都市でもちょっとした有名人一家なのだ。見れば、男爵家当主の妻リナリアも手に桶を持っている。あれは男達が留守の時、男爵家に侵入しようとした痴漢を撃退した、由緒ある武器だった。
いつでも手に取れるよう、台所脇の入口付近に置いてあるものだ。リナリアとセントーレアを守るニームの周囲に、近所の男衆が集まってきた。誰もが手に農機具や棒を持つ。各家庭の奥方達も、鍋片手に顔を出した。
「どうするよ」
「騎士だろ? 面倒だから領主様の砦の前に捨ててこようぜ」
「それが一番いいな」
「ああ、回収してもらった方がいい」
粗大ゴミのような扱いで、くたびれた馬の引く荷馬車の荷台に放り投げられたガウナは、そのままゴトゴト揺られて裏口側の門前に落とされた。ここは使用人が使う門だから、朝までに誰かが気づいて拾うだろう。
片付け終えたセージは、荷馬車を出してくれた隣人にお礼の人参を数本渡して別れた。
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