第四章 満月の地下集会(4)
イザベラは掌に光を溜めた。
慎重に増幅させていく。するとどうだろう。光の輝き、光の面積だけ、舞台上に巣食っていた闇が、払拭された。刀で薙ぎ払うように。
吸い込むのでも、追い払うのでもない。相殺だ。
打ち消している。
光の力を重ねていけば、闇は無効化されるようだ。
有効だ!
ならば、力を放てばいい――
イザベラは傍で腕をついて荒い息を吐いていたウッドに向かって、ゆっくりと光を灯した手を当てて行った。まるで治療をするように、懇切丁寧に、身体中にはりついている闇に触っていった。
「あ、ああ……あー……」
うめき声が小さくなり、ウッドは、ついに正気を取り戻した。彼女が確かに焦点の合った眼球を見開き、イザベラの顔を見返した。
「あ……姫様……、ご無事で……?」
「ええ、生きてるわ」
イザベラは力強く微笑んだ。ウッドの手を握りしめ、大きく頷く。
「よかった、お元気そうで……心配していました……亡くなったとばかり……」
「泣かないで。大丈夫よ、ありがとう」
もうイザベラが幽霊に見えることもなくなったようだ。正気を取り戻して目に涙をためるウッドを、舞台からおろすと、イザベラは近くの空いた客席に横にさせた。
「待ってて。みんなの闇の呪いも、ぜんぶあたしが振り払うから!」
しかし、不足していた。もう掌に光は、真珠の粒くらいしか生まれなかった。
圧倒的に足りない。
「そんな……」
イザベラは両手を広げて見つめる。
自分は、なんと非力なのか。
こんなときに、傍にタスクがいれば。無限ともいえる光の魔法を、自在に操ることができるのに。この小さな劇場を覆う闇など、瞬く間に一掃することができるのに。
イザベラは、左の手首に護符のように巻きつけてある腕輪を見た。白い波のように輝く蛍貝。腕を上下させて、カラコロと音を鳴らしてみる。
本当はずっと、タスクが羨ましかった。悔しくて、頼るなんて絶対にいやだった。でも、もうそんな段階じゃない。
「タスク……お願いよ。あたしに力を貸して……お願い!」
イザベラは祈るように目をつぶった。
「姫様、それ、ただの貝じゃない」
「え?」
椅子から飛び上がるように、ルララが駆け寄ってきた。イザベラの手首を捕まえて、海の音を聞く少女のように、腕輪に耳を押し当てる。ルララは両目を伏せ、なにかを聞いていた。
「……ほら、タスク様が姫様に、貝を通じて話しかけてる……声が、聞こえるよ」
イザベラも必死になって、腕輪に耳を寄せた。無音だった。なにも届いてこない。首を横に振る。
「だめ、あたしには聞こえないわ。なんて? あの子は、なんて言ってるの?」
「まって、今……要約して伝えるね」
ルララはじっくりと耳を澄まして『声』を聞いてから、謳うように告げた。
「……いざというときのために、その腕輪を姉上に、贈る。その貝には、蛍石が埋め込まれている。僕が持つ白魔法の力を、直接に引き出すことができる。ランプフィルド家の一族にしか使えない。腕輪に強く念じて、呪文を唱えて……。呪文は……ランプフィーバ……そうすれば、道は開く――」
「タスク!」
感極まり、イザベラは伝言してくれたルララに真っ向から抱き着いていた。展望室から森に落ちたときも、不思議な光に包まれ、命を救われた。知らないうちに、タスクがこの腕輪を通じて助けてくれたのかもしれない。きっとそうだ。
驚き、ルララはじたばたと両手を振った。
「うわあ、ちがうって、わたしじゃないよー!」
「わかってるわよ。ルララ、ありがと!」
飛びついた時と同じ速度で離れると、イザベラはあらためて堂々と舞台の中央に立った。
いまだに九名の巫女が、闇に囚われて椅子にもたれ、気絶する寸前だった。
ありったけの想いをこめて、イザベラは漂う闇に立ち向かって、となえた。
「ランプフィーバ!」
しゃら、と貝殻を鳴らして、腕輪を天にかざす。宇宙の星にまで、光が届くように、懸命に振り上げた。
その刹那。
光が迸った。無数のランプが次々と生まれ、弾けた。星が砕けるようにすべてがぴかぴかとひかって、イザベラの左手から溢れた。まぶしくて、強く目を閉じた。まぶたの奥にまで光が焼きつくようだ。
目が眩むほどの圧倒的な光の質量が、マジョーテルの小劇場を満たした。
すべてを浄化するような、三分間ののち。
闇は一滴のこらず、ここから振り払われた。
巫女たちの土気色だった顔が元に戻り、みな、穏やかな表情で礼を言った。そしてイザベラの無事を喜んだ。
「申し訳ありません、姫様。何者かに、脳裏に強烈なイメージを植え付けられており、世界の終末のような未来だけしか見えなくなっていたのです……」
「いいのよ、ちゃんとわかってるわ。あれはネプナス様の予言じゃないってこと」
「姫様……」
「今は、ゆっくり休んでちょうだい。話はあとでいいから」
「はい。身体が回復したら……改めて、我々は、あなたの未来を占います」
「できれば遠慮したいわね。もう占いなんて、こりごり。それに、ルララは最初から本物の未来を占ってくれているし――」
イザベラは気丈に答えると、ひとつに結っていた髪をほどいた。
指で軽く整えて、ポケットから、トレードマークの大きなリボンを取り出した。頭のてっぺんに飾り付ける。
イザベラは星に負けないほど輝く瞳で、微笑んだ。
「あたしの未来は輝かしいって、最初から決まってるんだもの! 生まれた時からの規定事項よ」
胸を張り、背筋を伸ばす。見えない糸で吊られたように、まっすぐに立つ。
腕を腰に当て、大口を開ける。
「なぜなら、あたしはイザベラだから。姫だとか美人だとかは、もはや、あたしという人を構成する要素として些末な部分にすぎないわ。なんたって、あたしがイザベラだからよ! おーっほっほっほっほっほ!」
イザベラは魂を解放するように、笑い声をあげた。響き渡る声を聴いて、微苦笑し、ヒースはのろのろと客席を離れて舞台上に降り立った。その後ろには、黒猫もいた。
ネロはすぐにルララに駆け寄り、ジャンプして腕に飛び乗る。
ルララはネロの背中を捕まえると、軽く抱きしめた。半分あきれた顔でぼやく。
「で、結局、高笑いするんだね……」
「あれがなけりゃ、だいぶ好感度が上がってたのになぁ……」
絶え間なく笑い声をあげながら、イザベラは喜びを噛み締めていた。
ああ、これで、あたしはやっと城に戻れる……
巫女たちと共に城に出向き、父に一部始終を話して聞かせれば、夢はかなうだろう。
お父様ならきっと、仕組んだやつを許さない。血眼になって探すはずだ。
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