猿人、大地に立つ2
海路は平穏にて順風満帆。アミストラルピテクス達の旅路は難なく順行に進んでいった。操舵も滞りない。近洋とはいえ漁に出ていた種族である。船の扱いはお手の物といったところだろう。選出された精鋭約五十匹のアミストラルピテクスは
「いやぁ、船旅はいいもんですなぁ。潮風が好き塩梅です」
バウバウは実際に旅をしていないにも関わらず知ったような事を言う。初期のデザインをタコに設定したせいか海への望郷でもあるのだろうかと不思議に思った。
それはまぁいい。しかし、アミストラルピテクス達は決して呑気な旅行気分ではないのである。そこは正さねばなるまい
「開拓船なのだがな。あれは。奴らは遊びに行くわけではないぞ」
「分かってます分かってます。分かっていますが、航海というのは胸躍ります。まだ見ぬ大地への
「分からん」
面倒になったので話はそこで終わらせた。バウバウは不満気な顔をしていたが知った事ではない。
そうこうしていると開拓船はちょうどムリランドと大陸の中間に差し掛かった。風は良し。何事もなければ六日も掛からず大陸に辿り着く。バウバウを肯定するわけではないが、ここまでくれば確かに旅行といっても過言ではないだろう。ひとまずは、一安心。
……の、はずだった。
怒号。
突如として響いた咆哮は、まさにそれであった。
「え、なに」
油断しきってパロディウスをやっていた俺はバウバウから借りた端末を放り投げた。映し出されるは何やら言い合いをしているアミストラルピテクス達。何があったかと混迷。飛び交う罵詈雑言で推察しようとしたが、猿人(人間)もどきの言葉は少し難解であったため大人しく記録映像と翻訳機を使う事にし、数分前の船上を見る。
「お前の漕ぎ方なんやねん。協調性ないねん。もっとちゃんとみんなに合わせんかいボケェ」
「因縁つけるのやめてくださいよ。殺すぞ。ムカつくんじゃ」
「なんやと!」
「なんややるんかワレ!」
「やったろうやんけ!」
なるほど分かった。しょうもない。
だが、目的地も定まらぬ旅路のうえ、船上という閉塞された空間。潜在する不安と恐怖は計り知れない。些細な事での諍いもまぁ起こるだろう。
「なんやなんや」
「なにやっとんのや」
録画を観終えリアルタイムに戻ると他の個体どもが集まり、ある者は仲裁しようと間に入り、ある者は野次馬を決めみ歓声をあげていた。垣間見える性質。個に備わった感性。俺個人としては後者の方に共感を覚えるが、血を残してくれるのであれば前者の方がありがたい。
「しゃあない」
小競り合いはそんな風に吐き捨てられ終結した。文句を吐いた方、吐かれた方ともに釈然としていない表情であったがひとまずは引き下がる。
とはいえこれで解決したわけではない。当然残る遺恨。両者、手は出さずとも交わすメンチ。ギクシャクとした関係は不穏な空気を呼び、蔓延。皆、隠していた一物がカラリと動き奏でられる不協和音。それぞれが持つ不平不満が発芽し心に実をつける。それが表面化するまで、一日とかからなかった。
「なんやおどれ! いてまうぞ!」
「やってみぃやこら! 刺すぞワレ!」
「なにさらしてくれとんねん! 頭おかしいんか!」
「このボケカス! 沈めたるわ!」
原因は些末な事であった。食料が多いの少ないの。肩が当たっだの当たらなかっただの。声がうるさいのうるさくないのだのと、平時であれば考えられぬ理由で争いが始まった。船という特殊な環境が、アミストラルピテクスを闘争へと駆り立てたのだ。
「なんやけったクソ悪い! 殺す!」
「なんやぁ! ボケコラカス!」
「なんや!」
「なんやとはなんや!」
「なんやと!?」
「なんや!?」
「なんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
殺傷能力の高い言葉が次々と乱れ飛ぶ。見境なしのバトルロワイヤル間近。一触即発どころかもはや前哨戦。モンキーパンチ前提のマイクパフォーマンスである。
「あったまきた! 殺したる!」
ここでゴングが鳴った。群れの一匹が掴みかかるとすかさずもう一匹も応戦。始まる殴り合い。それを皮切りにして連鎖的に勃発するルール無用のデスマッチ。吹き荒む拳の嵐。投擲。鈍器での殴打。戦場と化した船上ではアミストラルピテクスが一匹。また一匹と血を流し果て、海に落ちていく。先に仲裁した個体は巻き添えをくい息絶えた。いい奴から死んでいく。
そうして日が暮れる頃には十数匹のみが船の上に残されていた。しかも全員重軽傷のおまけ付き。それに加えて水と食料もどさくさに紛れて船から捨ててしまう馬鹿がいたものだから大変である。ここまでくると、大陸までの距離がもう半分からまだ半分へと意味合いが変わってしまった。しかもアミストラルピテクス達は
「どないしよ」
「やってしまいましたなぁ」
「アカン」
「いかんのか?」
「いかんでしょ」
みるみると消沈していくアミストラルピテクス。訪れた夜に身体を震わせ寄り添いあうも、染み付いた血肉の臭いが気になるのか、皆一様にしかめっ面をして顔を手で覆っている。いや、泣いているのだ。これは。罪悪からか痛みなのか絶望からなのか分からぬが、ともかく皆、シクシクと涙を流している。波一つない平和な海に、残党兵のような集団。哀れである。
翌朝、日が登っても誰も船を漕ぎ出す物はいない。間抜けに横たわり、空を眺めるばかりである。怪我もあるが、心がもう、櫂を持つのを諦めてるようだった。
「これはいかん。どうにかならんか」
まさかの内ゲバでの遭難に俺は慌てた。
「いやぁ。自力では難しいかもしれませんなぁ。手を出すにしても少しじゃ意味ない。こうなるともう駄目なんですよ。大半の者が絶望し生きる希望を失っていますから。坐して死を待つだけですな」
「死。あるのみか」
「そうですねぇ。あの乱痴気騒ぎで死んだ方が幸せだったかもしれません。しかし、あれは実に愉快な見せ物でしたねぇ。下等生物の争いというのはまさに命がけで、笑わせてもらえます」
なんという性格の悪さか。こいつは絶対に友達がいない。
「お前は地獄に落ちるな」
「地獄ですか。非科学的ですねぇ石田さんは……まぁそれはさておき、どうします? 彼ら。このまま放っておきますか?」
「こうなったら多少の干渉は致し方ない。嵐を起こすぞ。波風を立て、無理やりにでも船を上陸させるのだ」
「正気ですか? 猿の森の二の舞になるかもしれませんよ?」
「仕方あるまい。どの道このままでは全滅だ。賭けるしかあるまい。奴らの生命力に」
よもや手段はそれしかなかった。上手くいく保証などなく、また、成功したところで何匹かは確実に死ぬだろう。また命を背負うと思うと心臓を鷲掴みにされたような気分になる。しかし、やらねばならぬのだ。それが神としての、宿命なのだから。
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