第27話探索

 加賀がたった1人で黒い大きなバックを手に持ち、地上へと出る。バックの中身は先程購入した装備品だ。銃だけではなく、自分の能力不足を補うために購入した情報識別機や音消しサブレッサーなどが入っている。

 そして、加賀の姿にも変化があった。


 第4区の特区で購入した仕立ての良い服ではなく、レジスタンスが戦闘時に身に着ける戦闘衣バトルスーツを着用している。

 ピッタリと肌身に吸い付く人工筋肉が施されたインナーに防弾使用のスーツがセットになった戦闘衣は全身が黒で陰に身を潜めればそれだけで発見することが難しくなる。上から光が降り注ぐことがないこの街に適した装備だ。


「それじゃ、行きますか」


 北條と別行動中である加賀が今いるのは路地裏だ。高いビルの間にこじんまりと存在する小さな通路。しっかりと地下通路を隠したことを確認すると地面を蹴り、跳躍する。壁を蹴り、屋上へと昇るとそのまま今度は向かいの屋上へと忍者の如く移動していく。

 このような移動ができるのも戦闘衣のおかげだ。

 そして、3分ほど高速移動を続けると目的の場所へと辿り着く。そこは街の一番外側。スラムと呼ばれる場所だ。金も伝手も信頼もない者達が内側から弾き出されて最終的に辿り着く場所。

 北條も加賀もこれより内側に住んでおり、任務も内側で行うものが多いため、足を踏み入れるのはこれが初めてだ。


「あそこがアイツの母親が住んでるところか? 特区で警備隊してるのに妙に廃れた所に住んでるんだな」


 目を細め、家の中に明かりがついていることを確認する。

 そこは受け取った情報にもあった母親の住所。

 辻斬り犯もただ闇雲に逃げ回っている訳ではないだろう。どこかに必ず身を隠し、体力の回復に努めるはずだ。そう考えて北條と加賀は手当たり次第に探すつもりなのだ。

 特区に住んでいるからには金も伝手もあるはず。それなのに特区の外で、しかも見すぼらしいアパートに住んでいることに疑問を抱く。ここはもうスラムとも言っていい街の外側だ。どう考えても高齢の女性が住む所ではない。


 金がある者ならば、もっと内側に住めるはずなのに……そんな疑問を抱きつつも、バックから買ったばかりの情報識別機を取り出す。それは目元をすっぽりと覆うゴーグルのようなものだった。それをぶれないように頭にしっかりと取り付ける。

 視界を妨げるものを取り付けることに違和感は覚えたものの、起動させるとすぐにその違和感は解消された。

 これまで見えなかったものが鮮明に加賀の視界に入って来る。肉眼では捉えられない遠距離のものも、部屋の中にある小さな物置の模様までハッキリと分かってしまう。

 視界の拡張、情報の識別。 その性能に満足そうに表情を緩めると本格的に監視を始める。


「(ジャックに兄弟も恋人もいない。父親はジャックが幼少の頃に母親と離婚して関係を断ってるし、母親が再婚したという記録もない。職場でもうジャックに親しみを覚えてる奴はいないって言うし……一番怪しいのはここだ)」


 頭に叩き込んだ情報ではジャックは母親と2人暮らし。母親以外にジャックを庇おうと考えられる者はいない。

 普通に考えればジャックは母親を頼るか。母親がジャックに手を貸している可能性は十分にあった。しかし——。加賀が周囲の情報を索敵し、同じくアパートの一室に目を向けている者達を発見する。


「新参者は警戒されるのはどこだって同じだな」


 物陰に隠れ、睨み付けるようにアパートの一室に目を向けていたのは近所に住んでいる男達だ。スラムにいるだけあって荒事に慣れているのか体格は大きく、古傷が多い。そんな者達に眼を付けられているジャックの母親に少しばかり同情した。


 この街で住居を変えるものは殆どいない。一生を同じ場所で過ごし、死んでいくのが普通だ。見知らぬ者が隣にいるより、顔見知りの方が協力を仰ぎやすいからだ。住居を変えるのは余程の理由がある者か、元居た場所から逃げてきた者しかいない。

 特区から出てきた理由は大体察することができる。息子が警備隊の武装を盗み、殺人を起こしたのだ。肩身は狭くなるだろう。それだけでこんな外側に住むことになるとは思えないが、それはあの母親次第かと考え直す。


「死んでいいと思っているのか。自身への罰か。それとも、何か考えがあるのか」


 一応、スラムの住民が馬鹿なことをしないかを監視しつつ、母親を監視しようと考え、識別機の設定を変更する。

 すると資格に新たな情報が加わる。部屋の中に無数の人型の熱源を確認した加賀は機械の性能を改めて満足した。


「クライアントをあまり待たせる訳にはいかないんだ。だから、早く尻尾を出してくれよ」


 本当に時間がなくなれば加賀は銃を突き付けてでも情報を吐かせるつもりでいる。レジスタンス何て一般人からすれば国を傾けようとしているテロリストと同じだ。だから、脅したとしても顔さえ隠せば問題ないだろうと加賀は考えている。

 しかし、レジスタンス内部の者がそれを許容するかと言えば、答えはNOだ。一番最初に頭に浮かんだのは北條だ。珍しく友人とも言っていい少年は自分の行動を責めるだろう。

 加賀が直ぐにでも脅しを実行しないのは、レジスタンス内でも亀裂が入り、それで自分の居場所がなくなること危惧してだった。


「はぁ~。面倒くさ」


 項垂れるように肩を落とす。

 どっちつかずの奴らなんか守る価値何てあるはずないのに。そんなことを考えながら加賀は溜息をついた。

 そして、部屋の中にいるジャックの母親が特に怪しい動きもしていないことを確認し、望地一度溜息をつく。


「長くなりそうだなぁ。北條の方に進展があるといいな」


 クライアントを待たせる訳にもいかない。それでも強硬な手段は簡単に取れない。自分の命を一番に考える少年は、少しずつ時間が無くなっていく中で別行動をした友人が状況を進展させることを願った。





 ガタン——と音を立てて下水道の壁が外れる。

 近くで戯れていた鼠や虫が一斉に逃げ出し、現れた少年から距離を取っていく。周囲に誰も居ないことを確認し、壁を元に戻した少年は対吸血鬼用の装備に身を包んでいた。


宿主マスター、気が緩んでおるぞ』

「ご、ごめん……」


 対吸血鬼用の装備に身を包んだ少年は北條だ。普段は身に付けられない高性能な武装。カッコいいデザインに刺激を受けて緩んでいた気をルスヴンに注意された北條は気を引き締める。


『早く仕事を終わらせよ。あまり長くはいたくはない』

「そうだな。俺もだよ」


 漂う空気に顔を顰め、北條は暗い通路へと足を踏み出した。

 北條がいるのはジャックが逃走時に使ったと思われる下水道だ。犯行現場から立ち去る方向、監視カメラの死角を元に割り出された逃走経路と居所。不自然にも目撃情報は少なく、手間取っていたようだが、組織が虱潰しに探した居所などは複数に絞られていた。


 それが当てはまった場所の1つである下水道の調査に北條は来ていた。

 もう1つのジャックが身を隠す場所として考えられている母親の所には加賀が向かっている。今頃現地に辿り着いている頃だろう。分かれて行動をすることに不安がないと言えば嘘になるが、時間を無駄にはできない。

 クライアントの依頼には沈黙の了解として早期の解決があるのだ。危険度が上がるが仕方がないと双方理解し、こうして行動を別にしていた。

 周囲に目を凝らし、痕跡がないかを確認していく。


「……複数人がいた形跡があるな。犯人じゃないと思いたいんだけど、どう思う?」


 周囲には誰も居ないと分かっているので声に出してルスヴンに尋ねる。真新しい煙草の吸殻が複数。壁には押し当てて火を消した痕が残っていた。

 だが、それらが複数のものだと分かると犯人によるものなのか疑わしくなる。

 ルスヴンも北條と同じ考えであったため、同意を示す。


『あぁ、恐らくだがあっているぞ。違う銘柄の煙草が複数。しかも、これだけの数はここに長く留まったことを示している』

「だよな。不良のグループでも集まってたのか?」


 人気のないこの場所は鬱憤の溜まった者達にはいい溜まり場だろう。愚痴でも言い合っていたのかは分からないが、そのような複数人のグループがいることは間違いない。

 ルスヴンが推測を続ける。


『犯人は恐らくまだ若いな。25、いや、23ぐらいか。内側出身の者達だな』

「その心は?」

『スラムの奴らも比較的外側に住んでる者達もここにはこないだろう。人気のない場所は危険だと分かっているからな。こういった場所で戯れるのは決まって危機管理の甘い奴だ』

「違いない、な!!」


 そう言って北條は銃口を上に向ける。そして、躊躇なく引き金を引いた。

 北條が銃口を向けた先にいたのは2体の紅い目玉のようなものが付いている六角形の無人機ドローン

 隠れ潜んでいたようだが、情報識別機で手に取るように存在を把握していた北條に逆に先手を打たれてしまう。

 それぞれ1発で再起不能までに破壊された無人機が目の前に落ちてくる。両手を広げる程の大きさの無人機は小型にしては装甲が厚く、機関銃も取り付けられていた。

 明かに過剰防衛な武装に目を逸らし、いつも使っている武装よりも遥かに強力な破壊力に感嘆の声を北條は漏らす。


「凄いな。1発で再起不能にしたぞ。もしかしたら吸血鬼の頭も1発で吹き飛ばせるんじゃないのか? いつものは改造弾を使って頭の中に弾丸減り込ませるのがやっとだけど、これなら楽できるな」

『それができるのが対吸血鬼用の装備だろう。威力も普通のものと比べて段違い。あの改造弾と違って今使ってる弾丸も専門家が一から作ったものだしな』

「いつも使ってる改造弾は対吸血鬼用じゃなかったのか……」


 ルスヴンの言葉に北條は目を丸くする。てっきりいつも使っている改造弾は対吸血鬼用だと思っていたのだ。改造弾は貴重なものだ。それを渡されるぐらいは認めていたと思っていたのだが、あれは対吸血鬼用の装備ではないと言われて肩を落とす。

 北條の様子にルスヴンは喉を鳴らすと間違いを正すために口を開いた。


『勘違いするな。一応あれも対吸血鬼用の弾丸を劣化させたものだから分類は対吸血鬼用のようなものだ。お主が組織から信用されていない訳ではない』

「そう、なのか。いや、でもなんかてっきりアレ専用弾だと思ってたからさ」

『それはおいおい勉強すればよい。これまでは機会がなかったから知識を得られなかっただけだ。地下通路の小娘にでも今度聞くと言い。お主よりは詳しいだろう』

「確かに……その通りだな」


 今回できたことを無駄にしなければいいだけ。そう考えて北條は顔を上げる。

 それを見たルスヴンも満足そうにした後、話を元に戻した。


『それで、宿主よ。この無人機だが……』

「あぁ、分かってる。ここに配置されるのは明らかに変だ」


 下水道の入口付近。特に重要な場所でもない場所に機関銃を付けた無人機があるのは可笑しい。

 下水を管理する企業のものである可能性もあるが、こんな寂れた場所を護るように配置する意図が分からない。進行を妨げるのならばフェンスでも置いておいた方が安上がりだし、厄介ごとを避けられていい。


「こっちが当たりかな」

『可能性はグッと高まったな』


 こんなことをする必要がある人物は北條の頭には1人しかいない——ジャックだ。

 もし、ジャックがこれを配置したのであればもう侵入されていることは伝わっているだろう。

 いつでも引き金を引けるよう引き金に指をかけて早足、そしてこれまで以上に警戒して下水道の奥に進むのだった。

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