52.正男に持ちかけられる二つの提案
ゲーム専用カプセルに戻った萩乃は、喜びを噛み締める。やっとのことで、第1話をクリアできたのである。これ自体もちろん嬉しいのだが、正男と二人きりで食事できたことの喜びもまた大きい。
プレイした日数は十日にすぎないものの、ここまでの道のりは長く険しいものだった。なにしろ萩乃にとっては人生で初体験のゲームなのだから。
少し震える指を動かしながら、操作パネルをタッチする。今のゲーム状態を〔予定調和時空点8〕としてセーブしておくためだ。
それからヘルプのページを開いて、これまでに蓄積された情報をしみじみと読み返した。これもまた、萩乃の大切な宝物になった。
(やはり、ペガサス級のフェッチトランスファーで、お兄様の技術を信じ、大森くんをお助けすることこそ、わたくしのベストエンドですわ)
意識不明のまま寝たきり状態になっている正男の生命体球を、あちらの世界からこちらの世界へ転移させる。そして、ゲーム世界に現れる彼の生命体魂と一体化させた上で、この世界が誇る最先端医療で完全復活させる。
生き還った正男はフルトランスファーで彼の自己世界へ戻る。彼の宇宙で言うところの奇跡の生還というわけだ。
そうすることは同時に、萩乃のゲーム世界には、もうあの大森正男は二度と登場しなくなることを意味する。
(ここまでで満足ですもの。ありがとう、大森くん……)
たとえサイボーグで幽霊でバグな侵入者であろうとも、萩乃だけの「わたしだけの大森正男くん」だった。
今の正男を、そのまま放っておくと生還できる確率はほとんど0である。すぐにでも兄の提案通りにすれば、それが80%にまで跳ね上がる。残る20%のリスクは確かに怖い。それでも萩乃はそうするのがベストだと判断した。
夜を迎えて、決めたことを兄に伝えた。
その最後に一つだけ懸念となっていることを話す。
「うまく生還できても、大森くんは厨二能力者なのでしょう?」
「ゲーム世界にいる彼はね」
「大森くんの世界では?」
「それについて、萩乃はどう思う。彼が夢の中で、なにか厨二能力者的な発言をしたことがあるのかい?」
「あっ、ありませんでしたわ!」
ゲーム世界という非日常の実体験が引き金となり、厨二の能力が発症してしまった可能性が高いのだ。つまり、サイボーグでない生身の正男は死に至る異能力者ではない、と結論してよさそうである。
この考察が正しいのなら、正男は生還できても余命があとわずかなのではないか、という萩乃の懸念は不要になる。
「きっとうまく行くだろう。好きな男の子のことを信じなさい」
「はい。お兄様!」
あとは正男の自由意志に委ねられることとなった。
明日、桜が猪野家にやってくる。彼女がデバッグモードでゲーム世界へ行って、正男にすべてを話すことに決まったのである。
∞ ∞ ∞
第一帝国大学入学式から四週間後、五月八日午後三時の少し前。
工学部の第四講義室では、正男と桜を除いて、萩乃を含む他の学生たちが全員マネキンのように固まっている。今はデバッグモードでブレーク中なので、この世界にトランスファーしてきている者だけが動けるのだ。
正男の席まで桜がやってきた。
「こんにちは。二週間ぶりね」
「おっ、吉兆寺さん! またバグでも発生したのか? オレが原因か?」
正男は心配そうな顔をして、桜の目を見る。以前この場で桜から詰問された経験がトラウマになっているのかもしれない。
だが、あのときのような険しい表情ではなく、桜は笑みを浮かべている。
「いいえ。今日は大切なお話があり、このような形で私が参りました」
「大切な話?」
「はい。実は、あなたの死が約三ヶ月後に迫っていることをお知らせにきました」
「そうか」
「衝撃を受けましたか?」
「いや、それほどでもねえ。たいていのことには驚かなくなったみたいだ。オレはナイフで刺されても蘇るサイボーグで幽霊。心も打たれ強くなったのかもな。ははは」
明るく笑って見せる正男。だが内心はどうだろうか。
「諦めるのは、まだ早いですよ」
「ん?」
「私たちの世界の最先端医療で、あなたの深刻な容態を100%全治可能なのですから」
「マジ?」
「はい。ただし、あなたの宇宙に存在しているあなたの身体、つまり生命体球を私たちの世界へ転移させることができればの話です」
「ということは、できる可能性があるんだな?」
「正解です。成功するかどうかは、あなた自身の『生きたい』という意志の強さにかかっています。今のあなたは、そう思う気持ちを強くお持ちなのですが、それでも、成功する確率は80%です。できればもう少し強烈に、生への願望を抱いてくだされば、より望ましいのですけれどね」
「う~ん、そう言われてもなあ……」
もちろん生き還れるのなら、それに越したことはない。
だが、生への願望を抱くとしても、それを今以上に強くする方法などわからないだろう。もちろん、希望を強く持つことならできる。
「20%の確率で即死というリスクもあるのですが、どうでしょう、この件に乗ってみますか? 萩乃さんも賛同なさっていますよ?」
「おう、そうか猪野がな。わかった、やってくれ」
「承知しました。それともう一つ、萩乃さんはご存知でないことですが、別の提案もあります。聞きたいですか?」
桜の表情が少し険しくなった。二つ目の提案とはなんだろうか。
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