40.アマノサカホコとフクソカンスウロン

 無言の萩乃と正男を前にして、正子先生が一方的に話を続ける。


「あんたたちのプロフィールは入手済みだから、自己紹介とかしなくていいわよ。そんでもって、お二人さんが手に持ってる道具、それをどうやって戦闘に使うか、さっそく説明してあげちゃおうかな~」

「あらまあ!?」

「は、戦闘??」

「あんたたちには、その道具を活用して文化委員の仕事をしてもらうの」


 正子先生の言うところによると、竹刀と本は戦闘道具なのだ。

 比喩的な意味でなく、本当に闘うためのものとのこと。いったいこの大学の文化委員は、どのような任務を帯びているのだろうか。

 ともかく萩乃と正男は、まずは道具の使い方に関するレクチャーを受けて、そのあとで具体的な仕事内容について教わることになった。

 説明の順序が逆なようにも思えるのだが、二人は正子先生の言うことに従い、黙って話の続きを聞くことにした。


「その道具はねえ、普段持ち歩く必要なんてないわよ。戦闘になりそうになったら、その場で現出させればいいのだから」

「どういうことかしら?」

「現出ってなんだ?」

「ふふふ、今から教えるわよ。お二人さん、それちょっとお貸しなさい」

「はい。大森先生」

「おっ、おう……」


 竹刀と本を受け取った正子先生は、すぐさま壁のほうへ向かって歩き始めた。だから萩乃たちもそのあとに続く。

 先生が足を止めたところに金属製のコンテナが置かれている。横幅は約1.5メートル、奥行きと高さは0.5メートルといったサイズのもの。

 それの上に、竹刀と本が無造作に投げ捨てられる。

 するとどうだろう、二つの道具がコンテナに吸い込まれるではないか。


「あらあら、まあまあ!」

「おいおい、なんなんだ!?」


 当然のこととして、二人は驚きの声を発せずにはいられなかった。


「今のは、いわゆるアイテムトランスファーと呼ばれる技術よ」

「まあ、そうですのね」

「マジか!」

「マジよ。あたしは大学の女神なんだから。女神様、ウソつかない。ふふ」


 コンテナの蓋を開けて道具を入れてまた蓋を閉じる、という動作が少しばかり面倒だから、正子先生は手っ取り早く技術を使ったのだろうか。


「それじゃあ最初は、ハギノちゃんからよ」

「はい」

「あんたの道具は鬼祓おにはらいの竹刀『アマノサカホコ』なの」

「アマノ、サカホコ?」

「そうよ。それがあんたの両手にくるよう、それっぽく詠唱してみて」

「わかりましたわ。わたくしの両の手にきたれ、アマノサカホコ!」


 言われた通りに、萩乃が呪文を唱えた。

 するとどうだろう、竹刀が萩乃の手中に現れたではないか。


「あらまあ!?」

「うわっ、すげぇ!! 完璧絶壁、今のマジで魔法じゃねえか!」


 正男が目を輝かせ、ずいぶんと嬉しそうだ。

 しかし、正子先生から冷ややかな言葉を浴びせられることになった。


「あんたそれでも工学部に進もうとしてる学生なの? 魔法だとか、そんな非科学的で幼稚なこと言ってるようじゃ、まともな博士になれないわよ。わかってる?」

「うっ……」


 正男は同じようなことを先程も言われたばかりだった。


「まあいいぜ。オレの道具はどういう名前なんだ。教えてくれよ」

「あんたのは、鬼止おにとめの書籍『フクソカンスウロン』よ」

「おお、なんか魔導書みたいじゃんか! やったぜ、カッコいいぜ! というか、複素関数論という名前はそのままか……妖黒魔導のテーゼだとか、そういう雰囲気あるやつじゃねえのな……」

「あ、なんか文句ある?」

「いやいや、まあいいよ。そんじゃ一丁やったるぜ! オレの両の手にきたれ、フクソカンスウロン!」


 正男が自信たっぷりで呪文を唱えた。

 ところがどうだろう、正男の手中になにも現れないではないか。


「ありゃ?」

「大森くん?」


 お笑い芸人が「そんじゃ一発バカ受けやったるぜ!」などと意気込んではみたものの、ネタが大滑りしてしまったときのような表情――これを、今の正男の顔が忠実に再現している。


「はいはいマサオちゃん、先走りなさんな。絶対あんたって、女の子と色んなことするとき、一人で突っ走るタイプよね~。ペガサス級の童貞くんだわ。ふふふ」

「うっ……オレの詠唱方法が違ってたのか?」

「そうよ。あんたの書籍の場合は、異国の古代語で唱えないといけないの。ちゃんとあたしの説明を聞いてからやって頂戴」

「おう、わかった。教えてくれ」

「呼びかけの部分は、ベニインマニブスメイス」

「は?」

「ベニ、イン、マニブス、メイス。わかった?」

「お、おう!」


 正子先生の言った「ベニインマニブスメイス」とは、もちろん今の場合「我の両の手にきたれ」という意味になる。

 正男が落ち着きを取り戻し、あらためて真剣な表情で構える。


「ベニインマニブスメイス、フクソカンスウロン!」


 今度は成功だった。ズシリと重いハードカバーの本が、正男の手の中にちゃんと現れたのだ。これでどうにかペガサス級を返上して普通の童貞に戻れた。

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