22.子供のオモチャを侮ってはいけない
しかし、桜がゆっくりと頭を上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「うふふふ。騙されましたね?」
「なんだと!?」
「策士策に溺れる、とは今のあなたのことを指すピッタリの表現です」
「ど、どういうことだ!」
「ご自分でカミングアウトしたこと。私はあなたにそうさせようと芝居をしていたのです。このウソ発見器が反応しなかったのは、そのときボタンを押していなかったからよ。今度はちゃんと押しながら質問してあげますから、もう一度やってみましょう。あなたは、私の世界の数学は矛盾しているか、もしくは真偽の定まらない命題を残していると言うの?」
桜が測定装置を構えた。萩乃は心配そうに正男を見ている。
正男は少し自信なさげに答える。
「ヤ、ヤー」
装置の先端が黒い光で点滅した。
「な!?」
今度は正男が動揺する。立場が逆転したのだ。
「先程あなたは言いましたね。黒く光れば、あなたの手にしている論文が間違いだと。つまりその魔導書とやらは、この世界では通用しません。科学レベルの違いということですね。うっふふふ」
「くぅ……」
「私たちの最先端科学が、どこぞの宇宙のフィクションなんぞに、負けるはずはないのです。ミリオン%あり得ません。ふっはは、ああっははははは~~!」
桜は高々と逆転勝利宣言としての笑い声を上げた。ちょっと下品だ。
~マサオまた反撃する好機よ(え!?)
「な!?」
「うわっ!」
ほとんど同時に桜と正男が驚きの声を発した。
桜の持っていた装置が、瞬間的と言えるくらいの短い時間のうちに正男の手へと移動したからだ。よほどの優れた動体視力を持つ者でなければ、今の動きは見えなかったはず。
すぐさま正男が装置を確認する。
少し太めのボールペンといった感じのもので、グリップの部分に〔白〕〔黒〕のボタンがついている。その横に小さい文字で「ウソ発光器(対象年齢:5才以上)」と記載されている。
力が抜けそうになるのを堪えながら、正男は大きな声を出す。
「おいこら、これって子供のオモチャじゃん!」
正男は試しにボタンを押してみる。装置の先端を桜に見せつけるようにして。
思った通り〔白〕は白い光で、そして〔黒〕は黒い光で点滅する。
「おいおい、マジ騙されてたぁ~~」
「抵抗をやめて、それを返しなさい。撃ちますよ?」
素早く銃を構える桜。
すでに完全脱力状態にある正男からは、抵抗しようとする様子は窺えない。
それでも奇妙な振る舞いを、桜の目の前で二度やっている。次になにを仕掛けてくるかわからない。油断は禁物である。
「ほら返してやるよ。こんなもん」
正男が装置を投げた。インク切れのボールペンをゴミ箱へ捨てるみたいに。それを桜がうまくキャッチする。
そして、桜はゆっくり萩乃のほうを向く。
「あの者はやはり排除しましょう。危険な協力者が背後に控えている可能性があると同時に、知能が五歳児未満です。優秀な人材とはとても言えません。まったくの期待外れでした」
「ですが、桜さん……」
ここで萩乃はスカートのポケットに入れてある封筒を出そうかと思った。
少しばかり迷う。兄から最後の最後に出す切り札と言われている。だから、まだ自力でなんとか努力すべきだ。
このとき正男が口を挟んでくる。
「おい、五歳児未満とはどういうことだよ?」
「あなたの言った通り、これは子供のオモチャです。五歳の子供でも知っている、この装置の使い方をあなたはご存知ない。つまり知能レベルが五歳児未満だという意味です」
「使い方?」
「そうです。これは一つずつ押せばその色の光で点滅しますが、二つ同時に押すことで正真正銘、ウソ発見器として使えるのです」
「マジ!? オレって、そちらさんたちの宇宙の五歳児より劣ってんの?」
「はい。そしてこれはオモチャではあっても、立派に裁判の道具を務めてくれている優れものです」
「くぅ……」
「さあ茶番はここまで。覚悟なさい、懲役八百万年です!」
桜が銃を強く握り締める。
再び正男が両手を上げる。銃もオモチャかもしれないが、それでも気絶させる程度の威力はあるのだろう。子供のオモチャを侮ってはいけない。たった今、正男は思い知らされたばかりだから。
「あの桜さん、最後に一つ確かめたいことがありますわ」
「おや、萩乃さん、どういうことですか?」
「ウソ発光器をお借りしたいのですわ。よろしくて?」
「ええ、まあ構いません。どうぞ」
萩乃が桜から装置を受け取って、正男に向ける。
だが緊張のため手が震えてしまい、その先端が揺れている。ウソ発光器はしっかり握って、静止した状態で使わなければならないのに。
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