【2章】正男の繰り返す痛い非日常
9.一番好きな夢&まさかの悲しい悪夢
萩乃は自己世界に戻っていた。
ゲーム専用カプセルの操作席に座っているのだ。
(あら、ゲームが終わってしまいましたのね。わたくし失敗したのだわ。これがゲームオーバーというものかしら?)
目の前の操作パネルを見ると、ポップアップ表示がある。
|システムエラーが発生しました。(unknown)
|この問題をアステロイドゲームスに報告しますか?
| 〔はい〕 〔いいえ〕
萩乃は迷わず〔いいえ〕をタッチする。
(ゲームに失敗したことを報告だなんて、恥ずかしいもの)
十六歳にしてゲーム初体験の萩乃は、まだゲームオーバーとシステムエラーの区別を理解していないのだ。
(もう一度、挑戦しますわ)
果敢に挑む萩乃ではあったが、同じシステムエラーが発生した。セーブしていなかったため、また〔予定調和時空点1〕からやり直すことになる。
今度は四月二十四日午後三時の時点で一時中止しセーブしておいた。そこから続行して、問題の場面の直前で、事件を防ぐためになにか行動すればよいのではないかと考えた。
しかし、いざその瞬間を迎えると、なぜか萩乃は思考停止してしまったような状態となり、身体も動かせない。そして正男が大森先生に張り倒されてシステムエラーになる。これで合計三回、同じ場所で落ちたのだ。報告は一度もしていない。
(難しいゲームですわ……)
ヘルプを見ると、二つの項目〔第0話.シーンB〕、〔第0話.課題クリア〕が追加されていた。
このゲームには、用意されたストーリーというものが一つもない。それはプレイヤーが自らの意志で築き上げるもの。また課題についても、与えられるのではなく自分で見つけなければならない。クリアすることで初めて課題内容が判明するのだ。
そして、各話の課題を一つずつ達成してゆき、本人が最も望ましいと心から思えるような結末を迎えることができれば、それが「ベストエンド」なのである。自由意志を持つ者の人生と同じことだ。
ここで萩乃はゲーム使用上の注意事項を守り、少し休憩を挟むことにした。
∞ ∞ ∞
一度自室に戻った萩乃は、安楽椅子にゆったりしながら、胸にしまってある宝箱を開いている。その中で最新のものが一番好きな夢だ。
今年の二月十三日のこと。夜、萩乃はチョコブラウニーを作って三つの包みにした。リボンを結び完成させたものを学習デスクの上に置いた。それから眠りについた。
夢の中では、まだ十二日だった。高校のグラウンドに立っていて、季節外れの蝶が一匹舞っていて、萩乃は不思議に感じた。そして目の前に大森くん。
今日を逃すと、次はいつ会えるかわからない。決意した。
『あの……これ、チョコブラウニー』
『今ここで食っていいのか?』
『うん』
大森くんが包みを開けて食べてくれた。
『どうかなあ?』
『うまかった』
目が醒めてからもドキドキしていた。デスクの上の包みが一つ減っている。
(ちゃんと渡せましたわ)
夢遊テレポ能力者は、機械に頼ることなくソウルトランスファーとアイテムトランスファーをやってのける。この力のお陰で、萩乃は生まれて初めて、男の子にチョコをあげることができた。
この日からもう二ヶ月、夢の中で大森くんとは会っていない。
精神的に少し疲れている萩乃が安楽椅子で居眠りを始める。
病院の一室だ。大森先生がいる。ベッドに大森くんが寝ている。
『大森くん!?』
『…………』
『どうして?? 大森くん?』
『…………』
『うくっ、ぐすっ。大森、くん……』
目が醒めてもまだ萩乃は涙を流している。
(わたくし、どうしてこのような夢を……)
大森くんとは一言も言葉を交わせず、しかも彼は意識不明の重体――こんな悲しい夢は萩乃の人生で、これまでに見たあらゆる夢と比較して最悪のものだった。
悪夢を忘れようと、萩乃はゲームについて考えることにした。
(やはりわたくしが、大森先生と大森くんの間に入って仲裁しなければ……でもどうして大森くんが張り倒されなければならないのかしら。お二人の会話が思いだせませんわ。先生の「違うって」という叫び声がして……)
先程も仲裁しようと考えて挑んだができなかった。
勇気が足りないのだろうか。
(あ、大森くんの座席が違っていましたわ。勘違いなさっておいでなのかしら? そうだとすれば、お教えすればよいのだわ。そうね、ストーリーは自分で築き上げるものです!)
萩乃は第二遊戯室に戻った。勇気を持って再挑戦した。
しかし、座席の間違いを教えることもできず、またもや正男が大森先生に張り倒される場面になり、気がつくと萩乃はゲーム専用カプセルの操作席に座っている。今度もシステムエラーで落ちてしまったのだ。これで四回目になる。
もう今日はゲームをやめることに決めた。まだ始めたばかりだし、あせってはいけない。自分にそう言い聞かせる。
萩乃は先程悪夢を見てしまった自室には戻らず、リビングで雑誌を見ながら過ごすことに決めた。
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