第5話 ジャンヌと就寝
午前、午後の日程をこなして部屋に戻ると、メイドのジャンヌが疲れ切った顔で椅子に座っていた。
「ジャンヌ、今日はどうしたんですか? 姿が見えなかったけど……お腹が痛いんですか?」
向かいの席に座り、ヒルネが聞いた。
ジャンヌは立ち上がってヒルネの聖女見習い服を脱がせ、寝間着を持ってきた。
どうも疲れが溜まっているみたいだ。ポニーテールも心なしか萎れている気がする。
「ああ、自分でやりますよ」
「私の仕事です……やらせてください」
着替えてから食堂へ二人で行き、夕食を食べ、また部屋に戻ってくる。
口数の少ないジャンヌがいよいよ心配になってきて、ヒルネは彼女の手を取った。
「どうしたの? 疲れちゃったんですか?」
「実は……そうなんです。仕事を早く終わらせれば、ヒルネさまのお世話ができるんですが……体力がないので終わるのが時間いっぱいになってしまうんです」
「確か、メイド見習いは与えられた仕事が終わったあと、聖女見習いの元へ行くんですよね? それがしたくて頑張ってたんですか?」
「はい」
ジャンヌが小さくうなずいた。
西教会は聖女見習いが五十名、聖職者が百名いる大きな教会だ。
必然的に仕事量も多くなる。
メイド見習いに分配されている仕事量も多岐に渡り、運が悪いと歩いている途中で呼ばれて仕事を言いつけられることもある。余裕を持ってすべて終わらせるには数年の訓練が必要であった。
「でも、途中で疲れてしまうので、まだ無理みたいです……。十一歳の先輩も最近やっと持ち場を終わらせて担当聖女のそばに行けると言っていました」
「でも、部屋でこうして会えますよ?」
「聖女見習いの皆さまの尊いお姿を見れる機会はないんですよ? 午後、礼拝堂でヒルネさまが聖書の読み上げをなさるお姿を見たいんです」
聖書朗読は司祭の役目である。
祭日や休日などに聖女が聖書を読み上げることもあるのだが、聖女見習いの聖書朗読が一般公開されることはない。
間近で見れるのは側仕えメイドの特権なのだ。
少女たちが懸命に聖書を読む姿は人の胸を打つ。メフィスト星教へ多額の寄付をしている聖女フリークな貴族が、無理を言って見に来ることもあるらしい。
ジャンヌは大聖女を目指して頑張るヒルネの姿が見たかった。
「そっか……じゃあ今日は一緒に寝ましょう? それなら寂しくないですよ?」
ヒルネは彼女が一緒にいたいと思っていることを嬉しく思い、一緒に寝ようと誘った。
隣の部屋なので、一緒に寝るものいいなと前々から思っていたのだ。
「ヒルネさまと一緒に寝るんですか?」
ジャンヌとしては、ヒルネの聖女姿を見たいがために言ったのだが、どうもヒルネは違う解釈をしている。
それでも、ヒルネの提案は魅力的だった。
一人部屋は寂しいのだ。
「いいんでしょうか?」
「いいに決まってます。気持ちいいですよ。ぬくぬくです」
「そうかもしれませんけど……そんな不敬な……」
「私は記憶喪失のただの女の子ですよ。気にしないでください。ね?」
ヒルネの笑顔がジャンヌの目の前いっぱいに広がった。
星海のような碧眼に、長い金色のまつ毛が乗っていて、笑うとそれがくしゃりと細くなる。ジャンヌはヒルネの笑顔には何を言っても勝てないような気がして、素直にうなずいた。
「わかりました。着替えてきます」
「早く来てくださいね」
その言葉に、ジャンヌがいそいそと部屋を出て行った。
(そういえばこれで夢の一つが叶うかも……)
ヒルネは薄い敷布団のベッドにごろりと寝転がった。
前世で死ぬ間際、癒やしがほしいと思っていた。その中の一つに『可愛い女の子とくすぐりあって、日向ぼっこをしたい』という願いがあった。
日向ぼっこではないが、夜一緒に寝るもの悪くないなと思う。
そんなことを考えながら、古い天井を見上げていると、ジャンヌが寝巻きに着替えて、ヒルネの部屋に戻ってきた。
ジャンヌはポニーテールを解いて髪を下ろし、枕を両手で抱いている。
寝間着はシンプルなワンピースだった。
「どうしたんですか? ドアの前にいたら寒いですよ」
「いいんでしょうか?」
ジャンヌはまだ一緒に寝ることに引け目を感じているようだ。
「いいのいいの。ほら、早く抱き枕になってください。カモンです、カモーン」
本音が駄々漏れのヒルネ。
ベッドの上から何度も手招きをする。迎えに行く気はないらしい。
「わ、わかりました」
観念したジャンヌがベッドに近づき、そろりと腰を下ろした。
「枕を私の隣に置いてください。ここです」
ぽふぽふとヒルネがベッドを叩いた。
ジャンヌが抱いていた薄い枕を置く。そわそわしている彼女がヒルネにじっと見つめられ、申し訳なさそうに寝転がった。すると、ヒルネが掛け布団をかけてくれた。
「あったかい……」
ジャンヌがぽつりとつぶやいた。
ヒルネの寝ていた布団が思っていたよりもあたたかく、居心地が非常によかった。
実はこの穴の空いた掛け布団であるが、ヒルネが一週間寝ていたせいで、聖なる加護を宿し始めていた。かけているだけで邪悪なるものを寄せ付けず、人間が心地よさを感じる一品に変化しつつある。
「二人で寝るとぬくぬくですね」
真横にいるヒルネがジャンヌを見て笑い、彼女へ身を寄せた。
自然とジャンヌも笑顔になった。
「これはあれですね、毎晩ジャンヌには来てもらわないといけませんね。薄い掛け布団は二人で補填しないといけません。我ながら素晴らしい提案です……ジャンヌもそう思いませんか?」
「そうかもしれませんね」
「そうでしょう?」
「はい」
二人は笑い合って、天井を見上げた。
少し無言の時間が流れ、ヒルネが眠たげな目をジャンヌへ向けた。
「そういえば、ジャンヌはどこの生まれなのですか?」
ヒルネの質問に彼女は一瞬呼吸を止め、何度か瞬きをすると、ゆっくり息を吐き出した。
「私は……南方の生まれです」
「南方ですか……」
(王国内で一番危険な地域だったよね? 多くの聖女が派遣されてて……今は浄化も進んで治安はよくなってきているらしいけど……)
ヒルネは午後に行われる地理関係の講義に聞いた説明を思い出していた。
「私のいた村は魔物たちに襲われて……私を育ててくれたおばあちゃんとおじさんは村のみんなを守るために……」
ジャンヌはそこまで話して、布団で顔を覆った。
悲しくなって、涙が出てしまったようだ。
「そうだったんですね……ごめんね、聞いてしまって……」
ヒルネがジャンヌを抱きしめた。
「……ぐすん……申し訳ありません」
「立派なおばあさまとおじさまですね?」
「はい……」
ヒルネが彼女の肩をさすり、ジャンヌがこくりとうなずいた。
「早くに両親を亡くしてから、私を育ててくれたんです。二人とも狩人だったんですよ。ホワイトベアーを狩ってきて、毛皮を私のお布団にしてくれたなぁ……」
「その布団はどうでしたか? もふもふでしたか?」
ヒルネ、布団と聞いて即座に食いついた。
「はい。とてもあったかかったです」
「なるほど……南方、悪くないかもしれませんね」
「魔物に襲われたときなんですけど……」
ヒルネのつぶやきは聞こえなかったのか、ジャンヌが布団から顔を出した。
「聖女さまが逃げる私たちを救ってくださったんです。美しい聖光で魔物を食い止めて……そのときに思ったんです。私も聖女さまのお役に立ちたいって……」
「それで聖女付きのメイドになるために、西教会に来たんですね?」
「はい。一緒に逃げてきた村の人に教えてもらって、半年前に西教会に入ることができました」
「見た目良し、器量良し、性格良し……ジャンヌは素敵なメイドさんになれますよ」
ヒルネがにっこり笑う。
実際、ジャンヌは八歳であるのに本当によく気がつく女の子であった。前世のヒルネより気配りができるかもしれない。
(女子力で完全に負けている気がする……)
「そんなことないです。それはヒルネさまのことですよ?」
「私はすぐ眠くなっちゃうし、思ったこと口に出しちゃうからダメだよ」
「ヒルネさまはすごく優しいです。初めて会ったときも笑顔を向けてくださいましたし、今日もこうして誘ってくれましたし……」
「あー、何か恥ずかしいですよ。そういうこと言われると恥ずかしいです」
こんなふうにヒルネは同年代の女子と一緒に寝たことがなく、褒められて恥ずかしくなってしまった。
「す、すみません……」
ジャンヌが肩を小さくして、頬を赤くする。
「これはおしおきですよ。おしおき」
「え?」
ヒルネは両手を布団の中でもぞもぞ動かして、ジャンヌの腰をつかんだ。
「ほーら、こしょこしょこしょこしょ」
「ちょっ……ヒルネさまっ……くすぐった……アハハッ! ひゃめてくだひゃい!」
「こしょこしょこしょこしょ」
ジャンヌがもがいて、しばらく攻防は続いた。
「さ、ジャンヌの番です。私にもやってください」
「ええ? ヒルネさまに? そんなことできませんよ」
「いえいえ、くすぐりはお互いやらないと意味がないんです」
恐る恐るジャンヌがヒルネの腰をくすぐり、もっと強くと言われて本気でヒルネをくすぐった。要領のいい彼女のくすぐりはかなり効いた。
二人は何度かくすぐり合い、小康状態になったところで、どちらからともなく「寝ましょう」と言った。
(楽しかった……くすぐり合うだけなのに……次は……日向ぼっこと一緒にやろう……)
満足したヒルネは布団を首まで上げて、目を閉じた。
「ジャンヌ、おやすみなさい」
「はい。ヒルネさまも、おやすみなさい」
ヒルネは月明かりに映るジャンヌの横顔を見た。
小さな女の子が夢に向かって頑張っていることが、素敵なことに思えた。
(ジャンヌは輝いていますね……この子が……疲れづらくなって、いつまでも健康でいられますように……)
ヒルネは祈りながら眠りについた。
二人が眠っている間、ヒルネからキラリ、キラリと星屑が舞って、ジャンヌの身体に吸い込まれていった。
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