第2章 第9話「予感」

 神を見つけて何かをするというわけではない。仮に見つけられたとしてもはぐらかされてしまえばそれでおしまいだし、見つけたところで何かを問うわけでもない。山があるから登り、向こうに島が見えればそこまで泳いでみる。それと同じで誰も見つけようとして来なかった神がそこにいるのなら、是非とも確認してみるべきではないか。


 勿論、最も手っ取り早い方法は既に試みた。何かが乗り移ったと思われる人のところへ行き、何か妙なことが起きていないかという質問をしてみる。大抵は既に神が去った後ということもありリアルタイムでの体験談を聞き出せないどころか、適当にはぐらかされてしまう。他の人の例を出してみても何のことか良くわからないという反応が返って来てそれでおしまいだ。

 神は記憶を喪失させるのかもしれない。そうなれば合理的な説明を聞くことなど絶対にできっこない。その線を考えるのであればリアルタイムでの接近が一番の近道だ。金銭面では困っていないし、密着取材というものは意外と価値のあるものでやれば殆どの場合どこからしらの出版社がその情報を買い取ってくれる。幸いなことに私には実績があるので取材を受ける側も嫌な顔をすることがない。下世話な雑誌に売り飛ばすだとか、週刊誌の格好のネタにするだとかそういうことは一切なく、全て若者に人気の雑誌の記事になる。もしくは私が個人で運営しているweb雑誌に掲載をするという公開方法もある。紙の媒体以外にも個人でオンライン上に雑誌を持っていれば何かの時に利用できるだろうということで二ヶ月に一度の割合ではあるものの、書き下ろしのオリジナルの情報を出している。


 さらに取材とは一切関係のないという形で文化人とは関わりを持つようにもしている。食事に行ったり、ライブに同行させてもらったり、球を撞きに行ったりと、こういった関係が記事作りに生きてくることもある。その対象は若者だけではない。老若男女問わず人気のベテラン司会者と繋がりを持っていたことでその司会者についての取材をさせてもらえたこともあるし、出演させてもらったテレビ番組の繋がりで他の芸能人を紹介してもらったこともある。


 これだけ網を広げているにも関わらず、大抵の場合は神が去り、神の記憶を失って、これから成功の道を歩もうとしている人物にしか行き当たることができない。これから売れる人物の特集が世の中に溢れていて、こういった記事に後々になってプレミアが付くようなこともあるのだけれど、私の目指しているものは人気取りではない。


 そんな中で偶然コンタクトを取ることができたのが本居翔という演劇業界の若者だった。本居は学生時代から相方である折口円と共に演劇活動をしていて、学生ながらにプロ顔負けの才能を発揮していた。折口が脚本と演出を担当し、本居が制作を担っていた。折口の方が目立つ活動をしていたので世間は折口の活動にこそ注目していたが、私がチェックしていたのは本居だった。彼は地味な役割ではあったものの、折口の織り成す世界を正確に捉え、小屋決めや各所のスタッフ集めにもぬかりがなかった。学生演劇と言えば仲間内でスタッフから役者まで揃えるものだが、彼らは違った。毎回異なる役者やスタッフを起用した。それは自分たちの領域を広げるためであり、可能性を最大限追求していくことにあったという。思い出作りで終わらせるにはもったいないという意識がお互いにあったのだ。お互いがいつまでも芝居を続けて行くために、自分たち二人だけの劇団を立ち上げ、公演を開くごとに人員を一新して新しい芝居を作っていった。そこには慣れ合いの要素は一切なく、彼らがプロとして生きて行く為のプランとプロセスがあった。彼らのチームワークの上に乗せられた役者やスタッフは全てが活き活きとしていた。


 彼らは大学を卒業してからも公演を重ね、相変わらず二人だけの劇団という体裁を守り続けた。活用する人間は役者もスタッフも全てプロになった。

 そんなある日、唐突に彼らは解散をすることになる。ここに神がいるかもしれない。そんな思いから元々繋がりのあった本居に近付いてみることにした。神について聞き出すことはできないかもしれないが、何か掴めるものがあるかもしれない。そんな予感があった。

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