38 迷宮攻略②
「はぁ……。お前ら、いつまで苦戦してるんだ」
俺が『圧空』で大半の魔獣を処理した後も、リリーとアイリスは残った数匹の魔獣相手に手こずっていた。
「う、うるさいわね! 今やってるでしょ!」
リリーが『業火槍』を放つ。
しかし、先程までの焦りからか、あるいは俺への苛立ちからか、魔術の制御が疎かになっている。
炎の槍は魔獣を逸れ、迷宮の壁に突き刺さって霧散した。
「チッ、今のナシ! もう一回!」
「リリーちゃん、危ない!」
リリーが詠唱をやり直そうとした瞬間、魔獣がその隙を突いて飛びかかる。
それをアイリスの『水鞭』がギリギリで叩き落とした。
「……助かったわ、お姉さま」
「ううん。集中して、リリーちゃん」
「分かってる……! 『爆炎槌』!」
今度は良い感じだ。
魔獣は今度こそ炭になったが、火力は必要十分な量に調整されていた。
とはいえ、慣れない戦いで疲弊した様子で、リリーの額には汗が浮かび、肩で息をしている。
「……今のは良い感じだったな」
「何よ、急に褒めてきて怪しいわね……」
「失礼だな。上手くできればちゃんと褒めるぞ。一応、お前らに戦闘訓練をする立場だからな」
まあ、金策のついでだが。
「うっ……」
「リリー。お前の火力は認めよう。だが、常に最大火力を叩き込めばいいわけじゃない。今みたいに、敵の耐久力を見極め、確実に殺せる最小限の魔力で仕留めろ。それが実戦での魔術師の基本だ」
勿論状況によりけりだ。
力を惜しんで格上相手に負けるくらいなら、後先考えずに全力で戦うべきだし、逆に、力を温存し過ぎて格下相手に負けてしまうのも馬鹿らしい。
「……最小限、ね。言うのは簡単だけど」
「なら、試行錯誤しろ。幸い、ここの魔獣は弱い。お前の『業火槍』でも、魔力を絞って芯を貫けば一撃で倒せるはずだ」
「……分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
不貞腐れたように言いながらも、リリーは素直に頷いた。
王女様にしては、妙に聞き分けがいい。
まあ、それだけ『牢獄世界』行きに本気だということか――実際、『牢獄世界』を本気で生き抜くのなら、必要ない場面では力を抜くというのは必須技能だ。
なにせ、強者が力を使い切る瞬間を虎視眈々と狙うようなハイエナがうようよいる場所だからな。
それはそれとして。
(あー、魔石の一つも落ちてないのか、ここの雑魚は。これじゃあ時給換算したらマイナスだぞ……)
俺は内心でぼやきながら、魔獣の死骸が消えた跡をさりげなく確認する。
金目の物は一切ない。やはり第一層では儲けは期待できないか。
「ノア様、あちらに分かれ道がありますわ」
いつの間にか周囲の魔獣を(リリーたちが)倒し終え、ナタリアが前方を指差していた。
見ると、道が二手に分かれている。
「どっちに行くの?」
「どっちでもいいが……まあ、こっちだろ」
俺は左の道を選ぶ。
「何か理由でも?」
「お宝が俺を呼んでるんだ」
「適当ね……」
リリーがジト目になるが、実際、勘だ。
強いて言うなら、左の方が少しだけ空気が淀んでいる気がした。
魔獣が多いか、あるいは……本当にお宝が眠っている可能性がある。
「さあ、行くぞ。訓練の続きだ。あとお宝!」
「言われなくても!
」
俺たちは迷宮のさらに奥へと足を進めた。
□
それから数時間、俺たちは第一層を彷徨い続けた。
出現する魔獣は相変わらずゴブリンやコボルトといった雑魚が中心ではあるが、リリーとアイリスの訓練相手にはちょうどいい。
「――『火球』!」
リリーが放った火の玉が、ゴブリンの頭部を正確に撃ち抜く。
先程までの『爆炎槌』とは比べ物にならないほど小規模な魔術だが、威力は十分。魔獣は悲鳴を上げる間もなく絶命した。
「ふふん、どうよ。最小限の魔力で仕留めてやったわ」
「まあ、及第点だな。だが詠唱がまだ長い。敵が目の前にいるのに、いちいち『火球』なんて唱えてたら隙だらけだ」
「む……。でも、無詠唱なんてそう簡単に……」
「お前の才能ならその程度の魔術、すぐにでも無詠唱で使えるようになるはずだ。意識の問題だ」
無詠唱での魔術の行使は、低い階梯の魔術ほど難易度が低い。
『火球』は第二階梯と下から二番目なので、リリーの才覚なら少し努力すれば十分可能だろう。
「……ふん。まあ、善処するわ」
リリーは再び集中力を高め、次の魔獣を待ち構える。
一方、アイリスも戦闘に慣れてきたようだった。
「『水縛』!」
アイリスが杖を振るうと、地面から水が湧き出して魔獣の足に絡みつく。
動きを封じられた魔獣に、リリーの『火球』が突き刺さった。
「見事です、アイリスお姉さま!」
「えへへ……。リリーちゃんこそ、魔術の威力が安定してきましたね」
アイリスの水魔術は相変わらず威力こそ低い。
だが彼女はその特性を理解して、敵の妨害や足止めに徹することで、リリーの火力を最大限に活かす戦法を見出しつつあった。
「アイリス様は支援の才能がおありのようですわ。素晴らしい連携です」
ナタリアがにこやかに賞賛する。
「あ、ありがとうございます……!」
アイリスは嬉しそうに頬を染めた。
確かに、アイリスのような純粋な支援に長けた魔術師は貴重だ。
彼女が傍にいれば、リリーの戦闘力は格段に上がるだろう。
だが――それだけでは、『牢獄世界』では生き残れない。
あの魔境では、誰かが誰かを守るなんて状況は稀だ。
誰もが自分の身一つで戦うことを強いられる。
尤も、アイリスは今回偶々着いてきただけで、リリーのように『牢獄世界』に行きたいと望んでいるわけではない。あまり無理をさせる必要はないだろう。
しかし――リリーの訓練は今のところ順調だが、一方で、もう一つの目的である金策についてはあまり順調とは言えなかった。
第一層で手に入れた魔獣の素材は、正直なところ大した金にはならない。
せいぜい数千ゴルド程度だろう。あの魔道具店で見た品々を買うには、桁が二つは足りない。
「くそ、もっと深層に行かないと駄目か……」
独り言のように呟いた俺の言葉を、リリーが聞き咎める。
「ねえノア、あんた本当に私たちの訓練のことだけ考えてる?」
「何を言ってるんだ? お前の訓練のために来たに決まってるだろ」
「嘘おっしゃい。さっきからずっとキョロキョロして、何か探してるでしょ」
「……気のせいだ」
「絶対気のせいじゃないわ。もしかして、金目の物でも探してるんじゃないの?」
鋭い指摘に、俺は思わず視線を逸らした。
くそ、バレていたか。
「まあ、訓練がメインなのは事実だ。ただ、ついでに迷宮内で価値のある物が見つかればいいなと思っただけで……」
「やっぱりね。で、何でそんなに金が必要なのよ?」
「……魔道具が欲しくてな」
「魔道具?」
リリーが首を傾げる。
「この前、街で見かけた店に珍しい魔道具が売っててな。それがどうしても欲しいんだ」
「……ああ、メリルにお金の無心をしてきたときのやつね」
「そうだ」
「そ。まあお宝が見つかればいいわね」
「見つかればじゃない。見つけるんだ」
そんな会話をリリーと繰り広げていると、不意にナタリアが俺の袖を引いた。
「ノア様」
「なんだ?」
「わたくしは、いつ戦ってもよろしいのでしょうか……?」
ナタリアは満面の笑みで、しかし目は全く笑っておらず、腰に提げた愛用のレイピアに手をかけていた。
指がカタカタと鞘を叩いている。
戦闘狂の禁断症状かよ。
「お前は護衛だろ。二人に万が一のことがないよう、周囲を警戒してろ」
「ですが、ノア様。わたくし、もう我慢の限界ですわ。身体が鈍ってしまいます」
「駄目だ。お前が出たら訓練にならん」
「うぅ……ノア様のいけず……」
戦闘狂の相手も骨が折れる。
そんなやり取りをしていると、前方の通路の奥が広間になっているのが見えた。
「お、少し開けてるな。休憩にするか」
「さんせーい。ちょっと疲れたわ」
「私も……少し、魔力が……」
リリーもアイリスも、数時間の戦闘で疲労と魔力消耗が蓄積しているようだ。ちょうどいい。
俺たちは広間へと足を踏み入れた。
そこは、天井が妙に高い、だだっ広い空間だった。そして、広間の中央には――
「あれは……宝箱?」
リリーが声を上げる。
見ると、そこには古びた木箱が一つ、鎮座していた。
「た、宝箱……! 冒険者みたいだわ!」
リリーが目を輝かせて駆け寄ろうとする。
「待て、馬鹿」
俺はリリーの首根っこを掴んで引き留めた。
「な、なによ! 放しなさい!」
「落ち着け。あんな分かりやすい場所に置いてある宝箱だぞ。十中八九、罠だ」
「罠?」
「ああ。ミミック……宝箱に擬態した魔獣か、あるいは開けた瞬間に毒ガスや矢が飛び出す古典的なトラップか。どっちにしろ、素人が迂闊に触るもんじゃない」
「う……。で、でも、お宝なんでしょ?」
リリーは未練がましそうに宝箱を見つめる。
(お宝……!)
俺の心も一瞬、高鳴った。そうだ、これこそ俺が迷宮に来た目的。
金だ。金が俺を呼んでいる。
「……よし。お前ら、下がってろ」
「え、ノアが開けるの?」
「罠かもしれないんだろ? ここは護衛の俺が安全を確認する」
これは任務の一環だ。決して私利私欲のためではない。断じて。
俺は慎重に宝箱に近付く。
空間魔術を発動。宝箱の内部を透視する。
よし――少なくともミミックの類ではないようだ。
俺は懐から一本の細い金属棒――ピッキングツールを取り出す。
「な、何それ?」
「いいから見てろ」
俺は鍵穴にツールを差し込み、内部の構造を探る。
カチ、カチ、と金属が擦れる微かな音だけが広間に響く。
(……なるほど。単純な毒矢の発射機構か。このピンをこうして……よし)
カチリ、と軽い手応え。罠の解除に成功した。
そのまま鍵を開け、ゆっくりと蓋を持ち上げる。
「「「…………」」」
リリーたちが固唾を飲んで見守る中、明らかになった宝箱の中身は――。
「……ポーション、三本?」
赤色の液体が入った小瓶が三本、丁寧に並べられていただけだった。
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