長嶺誠治の林間学校二日目 その7

 解散後、宿舎の廊下はもう静まり返っていた。

 他の班の笑い声やドタバタ音が遠くから聞こえる中で、俺は違和感を拭えずに田所さんを気にしていた。


(やっぱり……様子がおかしい)


 窓際で靴ひもを結び直すふりをしていると――田所さんがこっそり部屋を抜け出した。

 そのまま人気のない山道へ。肝試しのコースだ。


「おい、待てって!」


 慌てて追いかけると、彼女はランタンを片手に、地面を必死に照らしながら何かを探していた。

 暗闇の中、彼女の長い黒髪が揺れ、ランタンの光にきらりと反射する。


「田所さん……どうしたんだ?」


 呼びかけると、びくっと肩が跳ねる。

 彼女は数秒黙った後、観念したように言った。


「……実はね、大切なものを落としちゃったの。どうしても見つけたいんだ」


 二人で草むらをかき分け、石ころや枝をどけながら探す。夜風が木々を揺らし、時折フクロウの声が響く。

 やがて――ランタンの灯りに、小さな鈍い光が反射した。


 見つからないかと思っていたキーホルダーは、枯葉の隙間にひっそりと埋もれていた。

 田所さんがそれを拾い上げ、胸にぎゅっと抱きしめる。


「……あった。よかったぁ……」


 安堵の吐息に、俺も肩の力が抜ける。


「大事なものなんだろ?」

「うん。子どものころに、お母さんが作ってくれたの。ずっとお守りみたいに持ってるんだ」


 手のひらに収まる小さな人形付きのキーホルダー――中沢琴を模した剣士の姿。

 田所さんがその人形を撫でる仕草から、どれほど大事にしてきたかが伝わってきた。


「だから……なくしたくなかったの。ありがとね、長嶺くん」

「そりゃ見つかってよかったよ。大事にしろよ、ずっと」


 ほっとした空気が流れる。

 けれど、ふと周囲を見渡した瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。


 ――見覚えのある道が、どこにもない。


 さっきまで通ってきたはずのコース。けれど足元の土の感触も、周囲の木々の形も、全部同じに見える。夜の森が、まるで人を迷わせるために作られた迷路みたいに思えてくる。


「……あれ?」


 田所さんも気づいたらしい。声が小さく震えていた。


「ちょっと待てよ……」

 俺はポケットからスマホを取り出す。だが、画面の左上には無情の表示。


『圏外』。


 GPSアプリを立ち上げても、ピクリとも動かない。


「……最悪だ」

「え……もしかして……迷っちゃった……?」


 田所さんがランタンを握りしめる手に、力を込める。

 橙色の光がかすかに揺れ、彼女の不安げな横顔を照らし出した。


「だ、大丈夫だって。歩いてればどっかに出る……はず」


 俺は強がって言う。けれど心臓は早鐘を打っていた。

 耳を澄ませば、風に揺れる枝葉のざわめきと、自分たちの呼吸音しか聞こえない。

 静かすぎて、逆に恐ろしい。


 二人で歩き出す。けれど、いくら進んでも変わらない風景。

 湿った土の匂い、同じ形の木、同じように積もった枯葉。ぐるぐる同じところを回っているんじゃないかと、頭が混乱してくる。


「……ごめん、私のせいで」


 田所さんが立ち止まり、うつむいた。


「私が……あのキーホルダー探したから……」


 唇をかみしめて、今にも泣き出しそうな顔。

 俺は思わずため息をつき、彼女の横に並んだ。


「いや、いいんだ……二人でなんとかしよう!」


 言葉にしてみると、不思議と腹も据わる。

 ランタンの光に照らされて、田所さんの黒髪がわずかに揺れる。

 そこからふわりと漂ったシャンプーの香りに、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだ。


 でも、確実に迷ってる。

 俺たちは、遭難してしまったんだ。

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ドライな彼女を無視しすぎたら、ヤンデレになっちゃいました。 黒瀬環 @tokinotabito

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