仮面の告白

 夜の山道。

 落葉の上で二つのランタンが揺れ、湿った土と冷えた草の匂いが呼気に混じる。竹が一度、ぎしりと鳴った。

 前を花蓮、半歩うしろを綾女。並んでいても、寄り添う気配はなく、光と影だけがかすかに触れては離れる。


 花蓮は頬の内側を噛む。鉄の味を喉に落として、いつもの笑みを貼る。


「……ねえ、綾女」

 声は丸く、温度だけ低い。

「ひとつだけ、確認させて」


「うん、なぁに?」

 綾女は愛想を崩さない。表面は滑らかだ。


「結局さ――あんた、なの? それともだけ?」


 綾女は肩をすくめ、ランタンの取っ手を指で小さく弾いた。

「あはは~……なんのことだろ。なんか取り調べみたい」

 綾女は続けて

「でも、ひとつは答えられるよ」


「――あたし、長嶺君が好き。この世界で誰よりも」


 夜気より冷たい笑顔。瞳の奥だけ、熱い。

 花蓮の心拍が一つ強く跳ねる。


「理由も、聞かせて」

 花蓮は微笑の形を崩さない。

「だって接点、最近まで無かったよね。表向きは」


「接点なら、花蓮よりず~~~っと前からあるよ」

 綾女は唇の端を上げる。

「ただ、長嶺君はみたいだけどねぇ」


「へえ」

 花蓮は目だけ細める。

ってことね……」

 花蓮のあからさまな挑発を込めて一言。


 一瞬、綾女の瞳に刃が――殺意ともとれる意思が宿っては、すぐ消えた。

「むしろ――よかったよ。覚えられてなくて」

「“初対面”から、やり直せるから」


 花蓮は内側の熱に蓋をして、外側だけ息を緩める。


「……ね、綾女」


「私のこと、嫌いってわけじゃないでしょ?」


「うん、嫌いじゃないよ」

「好きでもないってことでしょ?」


「……」


「“紹介”は上手だった。伊月くん、私と誠治が付き合っていること公表してないの、ちゃんと計算してた」

「『周りのみんなから応援させる』って外堀も、きっちり」


 綾女は瞬きを一つ。「偶然じゃないかなぁ」


「偶然なら、外堀は埋めないよ」

 花蓮はランタンを少し下げ、綾女の頬に影を落とす。

「それと――って怖いよね」


 綾女の指が、金具の上でわずかに止まる。

「なに、それ」


「言葉の通り。届いちゃいけない相手に届くこと。たとえば、LIME」

 花蓮は“気づいてないふり”の笑みで、静かに刺す。

「最近、『変なアカウント』に気づいたの。既読は、まだつけてないけど」


 綾女の顎がほんのわずか上がる。

 追い詰めない。今は踏まない。花蓮は一歩だけ前に出て、光を持ち上げる。


「……心底、ムカつく」

 笑ったまま、声だけ薄い。

「綺麗な顔して、汚い真似してくるの。似合わないよ」


 綾女は笑みを整える。夜目に白い喉が一度だけ動く。

「花蓮だって、いま“やさしい顔”で取り繕ってる」


 図星。花蓮はまつげを伏せ、すぐ上げた。

「……ねえ」

 柔らかく戻す。

「私、あなたのこと許さないから」


「……あはは」


「それだけ」

 言い切って、花蓮は横をすり抜ける。ランタンの光が、綾女の足もとを通り過ぎる。


 綾女はひとりになってから、胸もとに指を入れ、小さなブリキ缶をそっと確かめた。角の塗装が剥げた、古い絆創膏の缶。

(――あの夏。あの冬)

 視線が一瞬遠くへほどけ、すぐ戻る。缶をしまい、顔を整える。


「……じゃあ、またね、花蓮」

 落ち葉がぱり、と鳴り、夜がすぐ呑み込んだ。

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