城門都市×変身の代償

side-影次-



 異世界にやってきた初めての朝は意外にもちゃんとしたベッドで迎える事が出来た。



「くぁ……」



大きな欠伸と同時に伸び。特に体に異常は無いと判断すると影次はベッドから起き上がる。


カーテンを開けると日はとっくに高く昇っていおり窓から外を覗くと井戸の前で世間話をしている婦人達にその近くで枝切れを手に走り回る子供達。少し先の方では様々な露天が並んでおり、更にその向こうには大きな噴水と時計台が見える。


(今何時だ……?ってそもそもこっちの世界って暦とかってどうなってんだろうな)



 ベッドから起き上がり時計を探してみるが部屋の中にはベッド以外には小さなテーブルと椅子が一つずつあるだけなので仕方なく窓から時計台を見て確認する。数秒時計を凝視して……影次は時間の確認を早々に諦めた。



「はぁ……これからどうすればいいんだ」



 異世界に迷い込み、森の中を彷徨っていたところを騎士団に保護(?)されそのままダンジョンへ同行させられ魔族ガーンと戦い、一夜明けての事だった。


影次が現在いるのはサトラ達王立騎士団第四部隊が常駐している城門都市アルムゲート。その中にある騎士団宿舎の一室だった。


 ガーンを倒した後何とか回復したサトラ達が街に戻る際、そのまま影次も連行されてきたのだった。

とは言えドアには外側からしっかりと鍵が掛けられているし窓ははめ殺しで開けられない。

詰まる所、現在影次は騎士団に捕らえられている状態にあった。



「起きろ。おーい起きろって。何だよ故障か」



ガーンとの戦闘の後、変身を解除してからライザーシステムの補助AI『ルプス』も全く反応しなくなってしまった。当然変身する事も出来ないので大人しくこうして連行されてきたのだが……。



(しかし困ったな……)



 再び窓から外の景色を覗く。あちこちに建てられている看板の文字が読めない。昨日異世界に来たばかりの時は調査隊の騎士達の荷物に書かれていた文字などは何故か当たり前のように読めていたのに、だ。

それに……。


コンコン、とドアをノックする音。そして施錠が外されてドアが開く。



「なんだ、もう起きていたのか」



 やってきたのはここアルムゲートの街に常駐する騎士団第四部隊の副隊長、サトラ・シェルパードだった。

後ろには他にも数名の騎士が控えており、そちらはサトラと違い影次に対しあまり友好的では無い雰囲気を感じさせる。

森で発見した不審者が突然謎の怪物に変身したのだ。団員達の反応はむしろ正常と言えるだろう。



「おはよう。気分はどうだ?昨日はあれだけの大立ち回りだったんだ。どこか痛いところは無いか?」


「あー……」



 部下たちと違いサトラは何故か影次に対して好意的に接してくれている。確かに命を救った形ではあったかもしれないが全く得体の知れない相手に対して騎士団の副隊長ともあろう人物があまりにも無防備では無いか、と思わず影次も余計な心配をしてしまう。



「お腹は空いていないか?結局昨日はあれからろくに食事も取れなかったからな。今用意させよう」


「えーっと……」


「うん、どうした?」


「ちょっと何言ってるのか分かんないんですけど」


「……まだ駄目か」



今現在影次を、そしてサトラ達を困らせている最大の原因。


文字が読めなくなっただけでなく、昨日は通じていた言葉すら翌日になるとお互い全く伝わらなくなってしまっていたのだった。







side-マシロ-




「どうでしたか?」


「駄目だったよ。一体どういう事なのだろうな」


「今更言葉が分からないフリなど、何を企んでいるのでしょう?」



 騎士団屯所の職務室に戻ったサトラは自分を待っていたマシロに影次の様子を伝える。マシロは露骨に眉を顰めると益々影次への不信感を募らせた。



「フリという感じには見えなかったがな。それにそんな事をして彼に何のメリットがある?」


「ですからサトラ様は無条件に鵜呑みにしすぎなんです! あんな得体の知れない男を街に連れてきてしまうなんて!」



ガーンを倒した後、変身を解除し騎甲ライザーから元の姿に戻った影次は騎士団に取り囲まれ、アルムゲートの街へと連行されてきていた。


 サトラとしては確かに得体の知れない存在ではあるものの自分達を助けてくれた恩人である事も事実であるため丁重に扱いたかったのだが何故か変身を解いた途端影次と突然言葉が通じなくなってしまったのだ。


 最初は何かの冗談かと思ったが影次も目に見えて困惑している様子でこちらを欺いているようには到底思えず、筆談も試して見たが言葉と同じく文字も理解出来ないようだったので精一杯の身振り手振りで何とか彼を連れてこの街まで戻ってきたのだった。



「よく考えろマシロ。彼がそのつもりなら私達などあの魔族のようにとっくに消し炭にされてしまっている筈だろう?」


「それは……街まで私達に案内させるつもりだったのかもしれませんし」


「だったら街に着いた今も部屋で大人しくしてくれているのは何故だ?」


「そ、それは……な、何か理由があって今はあの黒い魔人の姿になれないのかもしれません!」



 両手をブンブンと振って力説するマシロを窘めるようにサトラは一先ず彼女にソファに座るように促す。

実際マシロの言葉通り影次は変身しない・・・のではなく出来ない・・・・のだが、その事実を2人が知っている筈も無く、結果的に影次の胡散臭さが益々強まってしまうことになってしまっていた。



「サトラ様もご覧になったでしょう。あの力、あの禍々しい姿を」


「確かに凄まじい力だったが……マシロ。君はまさか彼が魔族、もしくはその仲間だと思っているのか?」


「魔族の出現とタイミングが出来すぎているとは思いませんか?」


「彼が仮に魔族に与する者だとして、彼がガーンを倒したのは事実だろう。私たちを騙す為にむざむざ伝説の魔族一体を犠牲にしたと言うのか?」


「そ、それは……」



 サトラに論破されてしまいマシロも言葉に詰まってしまう。

サトラの言う通りこのアルムゲートの街に危害を加える事が目的ならば下手な小細工をせずともあのガーンが直接乗り込んでくれば事が済む。実際この街にいる第四騎士団の人員を総動員したとしても、恐らくガーンには歯が立たなかっただろう。



「何か事情があるのだろう。彼としても今の状況は本意では無い筈だ」


「サトラ様は奴のあの姿を目の当たりにしておられると言うのに呑気が過ぎます!」


「見知らぬ土地で言葉も通じないのはどれほど不安だろう。今日の昼食はシチューだったが口に合えば良いのだが」


「子犬を拾った訳では無いんですよ!?」







side-影次-




 木製のボウルになみなみと注がれたシチューはお世辞抜きに美味しかった。


右も左も分からない世界に飛ばされたと言うのにこうして屋根のある部屋でベッドで寝る事が出来た上に温かい食事までご馳走になれているお陰か、影次は今の自分の状況に対してそれほど危機感や不安を抱かずに済んでいた。



(あの副隊長さんが良い人で良かった。……魔術師娘の方には露骨に警戒されてるけど)



 本来マシロのような反応をするのが自然だろう。突然目の前で素性も知れない男が姿を変えたのだ。普通に考えればあのガーンとか名乗っていた魔族という怪物の仲間と思われても不思議では無い。

そう考えるとむしろサトラの好意的な態度の方に違和感がある。



(あの副隊長さんが親切ぶってライザーの力を自分達のところに引き込められないか、と考えているか……)



 スプーンでシチューをすくって一口。溶け出した野菜の甘味、絶妙な塩加減。牛乳の質だろうかコクが凄い。どんな企みがあるとは言え、こうしてちゃんとした食事をさせて貰える事だけでも感謝しなければならない。



「しかしこれ……どう見てもニンジンだよな。こっちはジャガイモだし。ブロッコリーも」


〈肯定。私たちの知る野菜とほぼ同種のものです〉


「異世界だよな?何でこんな都合よくどれもこれも似たようなものがあるんだよ」


〈推察の域を出ませんが、この世界は現代と完全に異なる別の世界では無い可能性が〉


「違う世界じゃないって、まさかここは過去の世界だったり未来の地球だったりなんて言い出すつもりか?」


並行世界パラレルワールドの可能性は否定出来ません。或いは何かしらの因果のようなものが働いたのかもしれません〉



 この世界が自分のよく知るあの世界の並行世界パラレルワールド……。

もちろんそれを確かめる術も無い以上今ここで議論を交わしても不毛なだけなので影次は取り合えず馴染み深い食べ物がこの世界のも当たり前に存在するという事実が分かっただけでも良しと判断し、大振りにカットされたニンジンを口に放り込んだ。



「……って! お前起きてるじゃないかよ『ルプス』!」


〈ライザーシステム再起動リブート。生命活動に問題無し〉


「問題大アリだ。お前が突然動かなくなったお陰で益々怪しまれたじゃないか」



左手首に出現した変身デバイスである『ファングブレス』がいつの間にか正常に起動している。影次は無意味な事とは分かっていても制御AI『ルプス』に対しつい文句の言葉をぶつけてしまう。



〈先の戦闘で起動に必要なエネルギーまで完全に消費。自動充電オートチャージによって再起動リブートするまでに約10時間を要しました〉



「どうなってるんだよ……たった一回変身して戦っただけでそんな事になる訳ないだろ?」



 現代で数えきれない回数を騎甲ライザーとして変身し、戦い続けてきた影次にとって『ルプス』の説明は信じられない内容だった。


 そもそも騎甲ライザーの動力源『ブラッディフォース』は『結社』の科学力の結晶たる無限永久動力である。その名の示す通りライザーに基本エネルギー切れはあり得ない。

あるとすれば変身者の体力もしくは意識が危険値を下回った際に強制停止する事はあるが、戦闘後にエネルギー切れで機能停止するなどシステム上まずありえない話なのである。



〈これについても憶測の域を超えませんが、この世界に転移した際にシステムがこの世界特有の魔力と呼ばれるエネルギーの影響を受け変異してしまった可能性があります〉



 そう前置きして『ルプス』は抑揚の無い淡々とした機械音声でこれまでの経緯と現状から独自の考察を長々と語り続けたが……元々専門的な知識の無い影次は『ルプス』の説明の内容は3割程度しか理解出来なかった。



「えーっと……要は元の世界に無くてこの世界にはある魔力ってのがライザーシステム、って言うか騎甲因子に影響を及ぼしている、と」



その結果ほぼ無限のエネルギーを誇るライザーシステムの燃費が凄まじく悪くなった、というのが『ルプス』の出した結論だった。


 更に知らない筈であるこの世界の文字や言葉をライザーシステムが稼働している時は当たり前に理解出来たのも、魔力というこの世界特有のエネルギーの影響を受けたライザーシステムが影次の体内の全細胞内に存在する騎甲因子を変質させてしまった故の副産物では無いかとも推察されたが……当然これらを事実と裏付ける術も無い。



「お前が機能していればこの世界でもコミュニケーションに困らないっていうのは本当に有難いな。都合が良い気もするけど、こっちの世界が歓迎してくれてるとでも思っておくか」



 『ルプス』が再起動したお陰で色々な事が分かったが、中でも一番深刻なのはやはり変身の燃費の悪さだ。

魔法など使えない影次にとって騎甲ライザーとしての戦闘能力が異世界における唯一のアドバンテージだ。

だが一度変身したら10時間以上の間隔インターバルが必要な上にこの世界の言語も文字もわからなくなる。



「マジか……これは結構困るぞ」


「何が困るのですか?」



 突然声を掛けられ顔を上げるとドアがいつの間にか開いており、そこにはマシロ・ビションフリーゼが立っていた。

手に持っている杖を向けて睨み付ける彼女に対し影次は思わず両手を頭の上に上げて敵意が無いことをアピールする。このジェスチャーがこの世界の相手にも通じるかは分からないが。



「待った! 暴力反対!」


「何が言葉が通じない、ですか。やっぱり騙していたんですね」


「違う違う。たった今通じるようになったんだって」


「そんな都合のいい話がありますか」



 身元もろくに語れない男が街の近くをウロウロしており、姿を変えて魔族を倒した。その後突然意思疎通が出来なくなったが偶然また言葉が通じるようになった。マシロが信用しないのも無理は無い。おそらく逆の立場だったら影次もそんな奴を信用しないだろう。


影次の胡散臭さはもはや天井知らずの勢いで積みあがってしまっている。今この瞬間魔法を放ってこないだけマシロという娘はもしかしたら心優しいのかもしれない。

尤も、ろくに変身出来ないという事実を知ったら今すぐにでも吹き飛ばされてしまうかもしれないので影次はこの場は取り合えず目の前の魔術師少女を刺激しないように努める事にした。



「都合がいい話だっていうのは俺もわかってるよ。……それで、こうしてまた言葉が通じるようになった訳だし出来れば改めて副隊長さんと話しがしたいんだけど」


「……話を聞きたいのはこちらも同じです。付いてきなさい、副隊長と隊長が別室でお待ちです」


「隊長?」


「ええ。私たち調査隊の報告を聞いた隊長が是非自分も直接話を聞きたい、と」

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