ep.02: ガリ音
私が熟年ライダー(熟女ライダー?)になる頃にはこんなこともなくなるのか。
乗れているなと思っているときには大抵転ぶ。あるある過ぎて、若いうちは対処が思いつかないよ。
後から思い起こした話にはなるけど、右コーナーの寝かしはじめで急にGPZが私の想定してる角度よりもさらに倒れ込んだように感じた。
あっ、と思った瞬間、バイクから放り出された私は下り坂を机の上にサイコロ代わりに放り投げられた鉛筆みたいに転がっていき、数回転した後、うつぶせのまま止まった。
「ドンッ」と数メートル下の壁でバイクがぶつかる音。
そこから道路の真ん中までガーッ、ガリガリッて音が続いていく。
コーナーリング中に出していた膝をバイクの重さごと地面に打ち付けた痛みよりも、地面を転がっていく痛みよりも、自分のバイクがアスファルトで削れていく音で心が痛んだ。
ガバッと起き上がる。GPZは丁度道路の真ん中でエンジンの辺りを軸にしてグルグルと回転していた。
この瞬間は自分の体に何も痛みを感じていなかった。
すぐにGPZのもとに駆け寄っていく。私が辿り着くのと回転が止まるのは同時だった。
まずは他の車両が来る前に道の端までGPZを移動させなければ。しゃがみ込んだ姿勢で右手はハンドルを掴み、もう片方の手をシートの下辺りに突っ込んでフレームを探りつつ、一気に立ち上がるのに合わせて上半身を覆い被せるように力を込める。
「ィ痛ッタ!」
情けない悲鳴と共に右足のサスペンションが抜けたようにくしゃっと尻餅をついた。その瞬間、痛む右足側を見ている私の死角側からふわっと革と汗の混じったような宗則の体臭が漂ってきた。
「大丈夫か、キョウ? とりあえずあっちで座っとけ!」手慣れた動作で一気にGPZを起こし、道路脇まで押しながら宗則が言った。
あぁ、そうか動転してた。今の今まで一人だと勘違いしてた。
……といっても、どこに座るのよと思いながらズルズルと道路端まで歩いていくと側溝に自分のバイクのサイレンサーを見つけた。サイレンサーを拾って抱きかかえて、そのまま落ち葉の上にへたり込んだ。
私にとっての今日から〝魔のコーナー〟をみる。
コーナー出口を少し立ち上がった辺りでイン側に寄せてウインカーを出しっぱなしにして停められている宗則のCBが視界に入った。なるほど、手慣れてるなこいつ。さすが我が大学のバイクサークル部長。
拾ったサイレンサーからカーボンの焦げ臭い匂いがしてきて視線を落とす。
気持ちは少し落ち着いてきた。まずは自分の損傷具合を確認する。
安物だが膝カップ付きの革パンを履いていたのが幸いしたようで、膝のお皿は割れていないと思う。原チャ時代にノーウインカーで右折してきたおばちゃんが運転する軽自動車とぶつかった時に経験した剥離骨折のように、骨に異常をきたしているような嫌な寒気の兆候はない。
だけど安物ゆえか、膝カップの入っている辺りの縫い目がバックリと裂けていた。
グローブを外し、革パンの裂け目からそっと中指をいれて膝の辺りをさわってみる。ヌルっとした嫌な感触。お皿の下の方をチョン、チョンっと触れてみるが痺れて感覚がない。広範囲に深めに擦りむいている感じ。これ以上は怖くて確かめられない。べっとりと血の付いた指を裂け目から抜き、どうせ捨てることになる革パンの腿の辺りになすりつけた。
上半身はまだ痛みは出ていないが、革ジャンを見る限り、右肘は相当強く打ち付けているだろう。右肩も明日の朝には痛み出すハズ。
「今は動ける……」小さく声に出して自分に言い聞かせる。
怪我の確認が終わり、痛むことを前提で覚悟して動くなら割と動ける身体で、バイクを移動し終えた宗則のもとへ向かう。
「ごめん、宗則。あと、ありがとう」時間が経って言いにくくなる前に必ず感謝の気持ちを伝えるようにしている。そういう風に育てられてきたから。
「ん、」とだけ返事をする宗則に怪我の有無を聞かれ、革パンの裂け目を軽く広げて見せる。「oh……」と、アクション映画かなんかでよく見るセリフと表情を真似る宗則に、今は大丈夫だけど明日はわからないと伝える。
事故直後はアドレナリンが出ているから案外動けるものだというのは、何かで読んだのか知り合いのバイク乗りからの受け売りなのか。思い出せないけど、まぁどっちでもいいや。
宗則が道路端まで動かしてくれたGPZを二人で軽くチェックした。幸いにもオイルは漏れていない。ここまで押して動かした感じではフォークは曲がってなさそうだと宗則が言う。「ただ……」と言ってしゃがみ込む宗則の目線を追うと、リアブレーキペダルが曲がってステッププレートに食い込んでいる。ゆるくブレーキがかかりっぱなしになっているみたいだ。
とりあえず宗則が跨って惰性で下っていき、Uターンスポットの辺りにある広めの空き地で応急処置をすることになった。
「ちょっとCB見といてくれ」と、外れたサイレンサーをチラッと見ながら言われる。
「ごめん、甘える……」こういう時に自分が女だと感じてしまう。と同時に、バイクに乗ってるうちは女として男と対等であろうと心の中で思っている自分に気づき嫌気がさす。複雑な気持ち。
そんなことを色々と考えなくていい、考える機会すらないだろう宗則が羨ましい。
「ありがとう……」と出来るだけ自然な笑顔で首を軽く傾けた。
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