【百合】星の降る庭

永倉圭夏

第1話 5月12日の出会い・氷のような下級生

 それは5月12日のことだった。


 都内にある私立七星楡しちせいゆ女子学院中等部2年J組、仲津なかつ美咲みさきは三保香澄かすみら仲良し5人で美術室に向かっていた。

 そこで美咲は1人の生徒とすれ違う。


 なんてきれい…… それが美咲の第一印象だった。

 ダークブラウンのボレロとジャンパースカート。その胸の徽章きしょうには1年生の証である金モールが一本だけ付いていた。

 小柄な身長にもかかわらず、その顔立ちはまるで高校生のように大人びていて、切りそろえられた艶やかなストレートのロングヘアがよく似合う。

 美咲は一瞬言葉を失い、香澄のおしゃべりも耳に入らなかった。

 爽やかな風の香りさえ感じたような気がした。


 彼女がゆっくり美咲の隣を通り過ぎていったあと、美咲の足元にペンケースが落ちていた。

 アイスブルーに染まったキャンバス地のペンケース。

 清々しい色合いはあの子にはお似合いだと美咲は思った。


 ためらいもせず、それを拾って走り寄る。

 まるで、何かをつなぎとめようとするかのように。


「ねえ、これあなたのじゃない?」


 するとゆっくりと振り向いた彼女は、不機嫌な顔をして美咲を冷たい眼で一瞥する。

 ペンケースを受け取ると、氷点下の冷たさで言葉を放った。


「ああ、どうも。

 でも余計なことはしないでください。

 迷惑なんで」


 無感情の方がまだましだった。

 あまりの冷ややかさに、胸の奥がひやりとした。

 呆気にとられる美咲を置いて、踵を返した彼女は何事もなかったかのように、さらりとしたロングヘアをひるがえして歩み去っていった。


「あーあ、お節介美咲、ついに地雷ふんじゃったね。

 折原おりはら地雷」


 平然とした声でポニーテールの香澄が言う。


「は? 地雷? あれ地雷なの? あの1年生。あんなカワイイのに……?」


「かわいいはあんま関係なくない?

 1年A組の天才少女折原瑠音るね

 知らなかったの?」


「知らなかったの……

 ってA組って選抜クラスじゃん!

 拾ってあげたのに『迷惑ですから』って……

 あんなにカワイイのに」


「はいはい、だからカワイイは関係ないと思うよ。

 勉強だけじゃなくてフルートの腕がすごいって大評判でさ。

 こないだもTVの『Sound of クラシック』に出てたんだってさ」


「うわ、マジか……

 それにしても『迷惑』だなんて」


「まあ実際みんなムカついてるみたいだしね」


「みんな?」


「そ、クラスでもあんな感じで誰からも相手にされてないらしいよ。

 孤立ってやつ?」


「孤立……

 ぼっちなんだ……」


「まあね。

 あれじゃ仕方ないっしょ」


「あんなカワイイのに……」


「いやそこはまあ、いいんじゃない?」


 そうしてその日一日美咲は怒りとは少し違うもやもやが抜けないまま一日を終えた。

 良かれと思ってしたことを、あんなふうに「迷惑だ」と言われたのは、初めてかもしれない。

 しかも下級生から。

 だけどその驚きを覆いつくすように、言葉にできない甘い何かが、胸の内からじわじわと湧き上がってくる。

 そんな感覚をうっすらと自覚した美咲だった。


 その夜美咲は夢を見た。

 あの折原瑠音って下級生が美咲を上からのぞき込んでいた。

 夢の中の彼女は、あの時のように美咲を見下みくだしした顔じゃなくて、何とも言えない不思議な表情をしていた。

 そのきれいな髪と顔と瞳を見つめながら、美咲はゆっくりと、夢のさらに奥へと落ちていく。


【次回】

 第2話 アメちゃん

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