第296話:気品とは

 答え。

 牧場経験者なんて、誰もいなかった。


「まぁそうだよなぁ。ちょこっとだけ銀狼族にも期待したけど、定住しない彼らが牧場経験なんてある訳ないし」

「ウーク、どうすぅ?」

『俺の親父なら、牧場経営はしたことないが、飼育されたことはあったんだがな』

「え? ボスって飼育角シープーの子だったのか?」


 角シープーは性格が穏やかで、飼育して毛刈りするのは聞いたことあるし実際にあるのも知ってるけど。

 

『ふふん。だが親父は牧場から逃げたのだ!』

「あー、さすがボスの親父だ。でもなんで逃げたんだ?」

『人参をくれなかったから』

「……ふーん」


 角シープーが人参好きなのは、図鑑にも書かれていない。

 たぶん、意思の疎通をしなかったからだろうな。

 俺がそれを知ってるのは、無人島にあった昔の畑を整地しててハンナがじっと人参を見ていたからだし。

 あとシアのたどたどしい通訳のおかげでもある。


『ルークさん。それでしたらいっそ、トリスタン島から人をお呼びになったら?』

「え、島から?」


 最近は銀狼族が魚にハマってて、今も何人かがク美の開けた穴の下のところで釣りをしている。

 それを眺めながら話をしていると、ク美からアドバイスが出た。


『冒険者の皆さんに応援を頼むために行った時に、ロクさんたちも行きたいと仰っていたんですよ』

「あー、こっちが落ち着いたら迎えに行くって約束してたもんなぁ」


 食料問題は今のところ大丈夫だ。

 銀狼族が増えた分、確かに野菜の収穫がギリギリにはなってきている。

 でも、もともと土地が肥えているし、ボスたちが大地の精霊魔法で野菜の成長を早めてくれる事も出来る。

 ずっと続けると土地が痩せる速度が早くなるけど、一年ぐらいなら平気だって言ってた。


 牧場と段々畑を作るなら、その分は村人を増やしてもいいかもしれない。

 

 ただ、人間を増やすのには慎重にならなきゃな。

 まずは銀狼族に話して、不安にさせないようにしなきゃ。






「に、人間族を?」

「そうなんだ。俺が元々いたトリスタン島っていう所から、牧場や畑仕事が出来る人たちを連れて来ようと思って」


 銀狼族の村に行き、年長者と若者代表を集めて牧場計画の話をした。

 案の定、人間族を連れてくるということに不安を感じているようだ。


「な、何人ぐらいなんでしょうか?」

「んー、そうだなぁ」


 屋敷の人らはみんな来たがるだろうか?

 いや、新領主になったエリオル王子のお世話だってあるし、全員は無理だろう。

 むしろ向こうで働いていた方がいいはずだ。

 こっちにはお屋敷なんてないんだし。


 まずは移住したいって人が何人いるか。

 それに、全員を連れて来る訳にはいかない。

 島の住民は、トロンスタ王国の民だからな。勝手に決める訳にもいかない。

 もちろん、王子や王様がダメなんて言わないのは分かってるけど。


 まぁせいぜい二十人かそこいらかなぁ。


「二十人ぐらい、かな。農作業に詳しい人や、家畜の世話が出来る人を呼ぼうと思っているんだ。もちろん、移住したいって言ってくれる人限定でね。強制はしたくないから」

「ルークくんの知り合いばかりなのよね?」

「うん。島の開拓を手伝ってくれた人たちだけさ。だからみんなボスやゴン蔵、ク美のことも、それにモズラカイコたちのことも知ってる人たちばかりだ」

「島の開拓って、ルークはそこで何をしていたんだ?」


 アーサーに言われて、俺は島での話を──いや、俺がトリスタン島で暮らすことになった経緯から話すことにした。

 ちょっと長くなったけど、みんな真剣に耳を傾けてくれる。


「──って感じで、島の領主なんてのをやらせて貰ってたんだ」


 話し終わったけど、なんかみんなの表情が暗くなってしまった。

 いや、なんで?


 暫く沈黙が続いてから、アーサーがはぁっとため息を吐いた。


「お前……貴族だったのか」

「え、いや……まぁ、なんというか」


 そうだ。銀狼族を奴隷として買うのは貴族だ。

 だから銀狼族は、俺が貴族だったと知って……


 アーサーは俺をじっと見つめながら、


「ぜんっぜん、貴族っぽくないな」


 と言った。


「へ?」

「いや、だから貴族らしくないし、気品とかまったくないだろ?」

「……そ、そう、か?」

「人間の貴族ってもっとこう、威張ってて、汚れるの大っ嫌いでしょ? ルークくんはそんなことないものぉ」

「むしろ汚れ仕事大好きそうだよなー。はははははははは」


 ……気品が……ない……。

 そんなバナナ!?


「と、とりあえず、島の住民を増やす件なんだけど。いきなり増えると不安に思うだろうと思って、事前に話してみたんだけど。どうかな?」


 話を戻して、移住の件だ。

 銀狼族は顔を見合わせ、それから年長のディアン氏が代表して話してくれた。


「あんたの知り合いなら、悪い人間はいないだろう。なんの反対もありゃせんよ。それよりわざわざ事前に教えてくれたことが嬉しかったよ」

「そ、そうですか。そう言って貰えると、俺も嬉しいです」

「わしらの中にも家庭菜園程度のことをしていた者は多いが、大きな畑となると勝手が違う。いろいろ学ばせて貰えるとありがたい」

「それはもちろんっ。近いうちにボスたちに頼んで、森の木の伐倒を頼んでおくよ」


 伐採じゃなくって伐倒。あいつらは頭突きで木を倒すからな。

 ある程度、ゴン蔵が立てるスペースを作ったら今度は引っこ抜いて貰おう。

 その木で牧場候補地に家や、家畜が逃げないように柵を作る。

 資源はなんでも大事に使い回さなきゃな。


 よし。そうと決まったら移住の準備に入ろう。


 村に戻って、今度はこっちの住民に話しをする。

 こっちの反応も銀狼族と変わらず、逆に「ふーん」って感じだ。

 ただし冒険者たちは何やら深刻そうな顔をしている。


「ルーク様」

「な、なんだよホーク」


 ホークが神妙な面持ちで穴を──ク美を見た。


「ゆっくり……ゆっくり移動したほうがいいっすよ」

「え、ゆっくり?」


 冒険者たちが全員して頷く。


 思い出した。

 ク美がトリスタン島から運んで来た船に乗ってきた彼らは、船酔いで苦しんでいたことを。


「うん……少なくとも島からこっちまでは一週間かけるように頼んでおくよ」

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