第291話:僕のお弁当

 春になって、チビどもが今か今かと心待ちにしていることがある。


『今日はぁ? 今日はどうゴン蔵おじちゃん』

『ヒビ入ったでしゅか?』

『割れたでちゅか?』


 でも一番心待ちにしているのは……


『まだだのぉ。まったく、こんなに寝坊助だとは、おじさんも思っておらんかったわい』


 きっとゴン蔵だ。

 ここ半月ぐらいは、村の真ん中に作った卵場から一歩も動いていない。

 デカい図体のわりに、ご飯はほとんど必要としないからまぁいいんだけど。

 さすがに何も喰わないのは心配だし、二日おきに差し入れはしている。


「おじしゃん、あっちあっちぃ」

「お、おう」


 後ろで声がして振り向くと、アーサーおじさんが妹のラシェちゃんを肩車してやって来た。


「シアなら家だけど?」


 そう声を掛けると、アーサーが首を振る。


「ラシェが……角シープーと遊びたいと言って」

「そっか。おーい、チビども。新しいお友達が来たぞ」

『ンペ』


 トトトっとやって来るのは、ジーナとニース、それにキャロルの三頭だけ。

 なるほど。女子会ってやつかな?

 三頭は進化しないのかなぁ。今だに普通の角シープーのままだけど。

 ただラシェちゃんは角シープーの言葉も理解できているから、コミュニケーションにはなんの問題もない。


 ところで、シア一家が合流してから早一カ月以上経ったが、どうしても気になって、でも聞けないことがあった。


 この際だ、もやるから聞いておこう。


「アーサー。聞いてもいいか?」

「ダメだといったら?」

「……教えてくださいお願いします」

「まぁいいだろう。で、何が知りたい?」


 この人は、慣れてくるとなかなかクセのある人だった。

 どことなくボスに似た類かなぁ。


「ラシェちゃんは妹なんだよな?」

「そうだ。シアが成人して旅に出てから生まれたらしい。正確にはその前に妊娠していたらしいんだけどな」

「じゃあ、なんでアーサーはお兄ちゃんじゃなくって、おじちゃんなんだ?」


 アーサーが止まった。

 もしかして禁句だった?


 動きだしたかと思ったら、盛大な溜息なんか吐いちゃって。


「はぁ……俺は二十一でラシェは二歳になったばかりなんだ」

「十九歳差かぁ」

「俺が両親と再会したのは、お前たちの呼びかけがあってからなんだ」


 めちゃくちゃ最近だったのか。


「それで、一九歳の年の差でお兄ちゃんと呼ばれるのが恥ずかしくて……」

「え、まさかおじさんですって自己紹介したのか?」


 アーサーが頷く。

 で、見事におじしゃん呼びになった、と。


「じゃあシアも、お兄ちゃんのことおじちゃんって呼んだほうがいい?」

「シ、シア!? いやなんでお前までっ。だいたいお前、俺と三つしか変わらないだろうっ」

「ようやく起きて来たのかよ、この寝坊助め」

「おはようウーク。お腹すいたぁ」


 二言目にはお腹空いたかよ。


「シアッ。お前は兄ちゃんのままでいいんだからなっ」

「おじちゃんじゃダメなぉ?」

「ダメだ! だ、だいたい俺がおじさんだったら、お前だっておばさんじゃないかっ」

「ひぐっ。シ、シア……おばちゃんなの!?」

「あぁ、そうだ。おばちゃんだ」

「ぐわぁーんっ」


 へぇ、シアもそういうの気にするのか。

 まぁ一八かそこらでおばさんは、さすがにないよなぁ。


「シア、ラシェに教えてくう! シアはお姉ちゃんだって教えぅ」

「おー、頑張ってなぁ」

「ふっ。そんな余裕でいいのかルークよ」


 ん?


「シアがおばさんなら、伴侶となるお前はおじさんだぞ」

「ラシェちゃーん! ルークお兄さんですよぉ。おじさんじゃないですからねぇーっ」






 お昼になって、今日は天気もいいしってんで外でご飯を食べることにした。

 アーサーは銀狼族の村の方に戻って建設の手伝いに行ったが、ラシェちゃんはこっちにいる。

 ガラスハウスから人参や葉物野菜を持って来て、海水を汲んだ桶にはク美が獲ってくれた魚を入れ、卵場に集まる。


「まるでピクニックだな。桜の花でもあれば、いい花見日和なんだけど」

『桜? なんじゃ、それは』

「あー……木に咲く花の名前。こっちの方じゃ見れないかなぁ」

『木に咲く花といっても、いろいろあるじゃろう』


 確かにそうだ。


『まぁ花のことじゃったら、モズラカイコどもがよく知っておるじゃろう』

「ふーん。あとで聞いてみるかな」


 モズラカイコたちも子育てシーズン到来で、なんとも賑やかだ。

 子供たちがもう少し大きくなったら、冬用の小屋を拡張してやらなきゃいけない。


「はい、キャロウちゃんどうじょ」

『ンペ』

「ジーナちゃんもどうじょ」

『ンペェ』

「ニースちゃんはこっちえ」

『ペェ~』


 ラシェちゃんはおままごとかなぁ。

 ジーナたちに人参を一本ずつ出してやってて、お姉さん役でもやってるようだ。


 けど。

 ジーナたちの方がお姉さんなんじゃないかなぁと思う。

 だってラシェちゃんが来た時には、いつも三頭があの子の傍についてやってて危ない所にいかないか見てくれているし。

 三頭のほうがお姉さんだからこそ、ラシェちゃんに合わせてくれてんのかな。


『あぁ、早くゴン太と一緒に遊びたいなぁ』

「そうだな。ゴン太が目を覚ましたら、みんなで花見でもするか?」

『お花? お花なんか見てどうするの?』


 どうするのって……うぅん、こっちの世界に花見の概念がないからなぁ。

 日本だと、桜見ながら飲んで食って大騒ぎするんだけどさ。


 まぁ、俺……花見なんかしたことないんだけどさ。  

 そんなことが出来るような、環境で育ってないし。


 だから。


「綺麗な花みながらみんなで美味しいもの食べるのって、楽しそうじゃないか」


 あとでモズラカイコのところに行って、花見スポットがないか聞いてみよう。


「シア、お花見ながら美味しいもの食べう!」

「ラシェもぉ」


 うんうん。ラシェちゃんもやっぱり食いしん坊か。

 姉妹だなぁ。


『じゃあ僕は人参食べるーっ』

『ボクも、ボクも人参食べたいっ』

『お魚持っていけましゅか?』

『ルークしゃんの鞄に、お魚入りまちゅか?』


 魚臭くなりそうだけど、アイテムボックス鞄なら問題ない。

 海水入れた巨大桶も入れておいてやろう。


『ゴン太よ。はよう起きねば、花が散ってしまうぞ』


 ゴン蔵が卵に向かって、優しいまなざしを向けた。


「早く出てこい、ゴン太」

『早く、早く』

「早く起きないと、ゴン太のお弁当はシアが食べちゃうぉ」

「おいおい、シア」


 まぁ冗談だとは思うんだけど、なんせシアだからなぁ。


『んぉ?』

「なんだよゴン蔵、変な声だして」

『いや……気のせいかの』


 気のせいって、なんだよ。

 そう思った時だ。


 パキッ。


 そんな音が聞こえたかと思うと、


『ゴン太!』

『頑張れでしゅ、頑張れゴン太!』


 チビたちが一斉に騒ぎ始め、他の音は聞こえなくなってしまう。

 だけど何が起きているのかはすぐに分かった。


『ふわぁぁぁ~ぁ。ねぇ、ボクのお弁当、食べちゃったぁ?』


 どうやらゴン太を目覚めさせたのは、シアの一言だったみたいだな。


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