*31* 言い出した人間の責任。
この歳になって子供みたいに泣きじゃくるという恥ずかしい再会を果たした後、ウルリックさんにどうやってここが分かったのかと訊ねたら、なんと私の鞄に連れられてここに飛ばされて来たそうだ。
ウィルバートさんの説明によればあの二人が去ったあと、気絶した私を前に困り果てていたら、いきなり宙に魔力の捻れが発生し、みるみるうちに大きくなった捻れの渦の中から、ウルリックさんが輝く鞄を抱えて現れたのだという。どんな状況だったのかこれだけでは何とも想像できない。
転生して以来ずっと使っているくたびれた鞄が、そんな大それたことをやってくれるとは思ってもみなかった。正直“殺す”宣言をされたときに若干心が折れかけていたので、お爺ちゃん神様にはどれだけ感謝してもし足りることなんてない。
将来お店を出す場所が完全に決まったら、お店の隣に小さい祠を建てて祀ろうと密かに心に誓った。お神酒になる日本酒がないから、代わりに自分で漬けた果実酒をお供えしよう。
ウルリックさんにひとまず離してもらってから、単に空腹で動けない私とは違い目に見えて体調の悪いウィルバートさんの方が問題なので、彼に先に鞄の中に常備してある保存食と、気付け代わりにあのコーヒーリキュールを口にしてもらっていたんだけれど――。
運悪くというか、何というのか、午前中のお仕事を終えて様子を見にきた誘拐犯の男性の気配に気付いたのは、冒険者歴が一番長いウルリックさんで。
飲み込む能力が落ちているウィルバートさんに食事をさせることに集中していたせいで、ウルリックさんが矢をつがえてドアを狙っていたことも、ドアが開いた瞬間に放っていたのも、気がつかなかった。
硬いもの同士がぶつかってあげる不協和音と、恐ろしげな悲鳴を聞いたのはほぼ同時。
何事かとウィルバートさんと一緒にドアの方を見やったときには、床に膝をついて痛みに呻いている青年の姿があって、私の斜め後ろに座っていたウルリックさんが「この一発で許してやるよ」と吐き捨てる声を聞いた。
その声を聞いたウィルバートさんは、ポツリと「義兄上は、昔よりだいぶ短気になられましたね」と。苦々しい声でそう評した。
***
よそからきた身でこんなことを思うのはおこがましいかもしれないけれど、この国の貴族と精霊との蜜月は、もしかすると斜陽の時期を迎えているのかもしれない。家庭環境の崩壊具合が知っている限りで三件もかぶるのは異常事態だ。
ウルリックさんの放った矢が右頬と右耳をかなり深く切り裂いたせいで、地下室の中は真新しい血の臭いで満ちているし、床にもどす黒いシミができてしまった。
幸いあの少し後にやってきたヨハナさんが、出血量に失神しそうになりながらも治癒魔法をかけたおかげで、青年の顔に傷跡が残ることはなかったけど。
ただ傷の代わりに残るのは記憶にある焼けるような痛みだけ……とは、割り切れないものなんだよね。手術が済んでも薄く残った抜糸跡を見るだけで、恐怖というのは蘇るものだから。
「今回の一件は……本来なら僕たちもこんなに手荒な真似はしたくなかった。元より陛下から信頼の厚かったウィルバートが、さらにそちらの女性を連れてきたことで、こちらの立場が以前よりも危うくなったから――、」
急拵えで治療した頬と耳がまだひきつれるのか、ダークブラウンの瞳でこちらを見据えた青年……ディルクさんが苦しげに言葉を紡ぐ。その傍らではヨハナさんが「わたしがアカネ様を一緒に攫うことを提案したのです」と、悲しげに口にする。
私に毒物が効かないと知ったのは偶然だったそうで、式典で私がケーキを口にしたのは全くの誤算だったという。当初は私が思っていたように、アルがまだ未熟で不出来な王様だと他の貴族に印象付けるつもりだった。
軍事の方面に明るいディルクさんの実家はそれを足掛かりに、現在の穏健派が幅を利かせる政治から、自分達の家を戦争をしていた七年前の地位にまで戻す狙いだったのだ。
そこであの騒ぎを利用し、私達を“アルフォンス陛下の信頼を完全に手中に納めるために、一芝居打った不届き者”として追い詰めていたところ、間を置いてウィルバートさんと私が姿を消したと報告する手筈だったとか。
あのケーキと紅茶に入っていたのは、濃度は違えども同じ毒。ケーキには粉にして少量を練り込んだけれど、特別に苦い紅茶の葉に混ぜて煮出したものは倍以上の量を使ったそうだ。
その正体は私がこちらの世界に転生してから初めて逃げられた、あのキノコ。どんなに恐ろしい魔獣も殺すことから、皮肉なもので“精霊の鉄槌”という名前で裏社会では人気があるとか。無理に捕まえて食べないで良かった。
「それが本心かそうでないかはどうあれ、結果的に手荒な真似だ。オマエは実力で敵わないから、弱ってるウィルバートを強襲のち誘拐。そっちのアンタは暢気なアカネの信頼を裏切って誘拐。おまけにその理由が職場での扱いに対する不満。揉め事なら当事者同士だけでやってろ。違うか?」
ウルリックさんが私とウィルバートさんを背に庇いながらそう言うと、ヨハナさんとディルクさんは俯いてしまった。ちなみにウルリックさんの指先は、さっきからずっと威圧するように弓弦を弾いている。
とりあえず、式典のことから端を発したこの一連の騒動をどうして起こしたのか。ウルリックさんを説得して話し合いの場を設けてみたはいいけれど、話し合いは暗礁に乗り上げている。
内容としてはウルリックさんとウィルバートさんのお家と同じで、ヨハナさんとディルクさんも教会預かりの私生児から、本家の子供の魔力不足を危惧した父親が、都合良く貴族家に引き取ったそうだ。
そこでヨハナさんは母親と同じく、大物の貴族とそういう関係になることを期待されて王城に送り込まれ、ディルクさんは代々王家の家庭教師としての地位を生かし、まだ幼かったアルを手懐けて傀儡にするために送り込まれた。
でも結果はヨハナさんは同じ境遇のディルクさんと恋仲になり、ディルクさんの方はすでにウィルバートさんが狙っていた地位を手にしていた――ということらしい。当初はディルクさんも、そこまでウィルバートさんを目の敵にしていたわけではなかったけど、実家にヨハナさんのことを知られ、彼女の実家との縁組みをちらつかされて犯行に及んだ。
こう言ってはあれだけど、実行に移す前に紙に箇条書きにしたら絶対少しは冷静になれたと思う。王家に弓引くくらい捨て身になれるなら、もっとやりようはあったんじゃないかなぁ。
それにウルリックさんはウィルバートさんのお兄ちゃんだから、問答無用でウィルバートさんの肩を持つけど、本当の本当に一方だけが悪いならここまで思い切れない気がする。たぶんウィルバートさんにも、職場で同僚に対してそう思い切らせるような悪いところがあったんだと思う。
この場で公平な判断ができるのは、もしかして完全な部外者である私だけの気がする。だって悲しいかな、私を除く四人は家の手駒になることを一度はよしとした人ばかりだからだ。
だからおずおずとではあるものの「あの」と、小さく挙手して不穏な空気になっている両者の間に割り込ませた。
「えーと……皆さんの真面目なお話の腰を折っちゃってすみません。だけど少し気になってしまって」
唐突な私の挙手にもかかわらず、皆がちゃんとこちらを向いて、
「なんだろうか」
「何でしょうか」
「ん、どうした」
「気になることでもありましたか」
――と、一斉に質問を受けてもらえる雰囲気になった。そのことに勇気づけられて「お二人は、引き取られたお家が好きではないんですよね?」と、すごく当たり前の質問をしてみる。
私の質問を聞いたヨハナさんとディルクさんは当然とばかりに力強く頷き、つられるようにウィルバートさんも頷いてウルリックさんを渋い表情にさせた。一部誤爆してしまったけれど概ね全員の意見は一致を見せている。
だったら責任を取らなければならないにしても、罪の重さは一緒であってはいけない。
「じゃあ貴族社会に疎い提案なんですけど、元々この騒動が起きるように唆した本人達が報いを受けるのが当然ですよね? もちろんお二人がお家の取り潰しが嫌でもない限りは……ですけど」
へらりと笑ってそう言う私の前で、四人の目に張り付いていた鱗が落ちるのが見えた気がしたような、しなかったような、ね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます