第2話 戦えたはずなのに

 気が付けば鬱蒼とした森の中、俺は木の上で目が覚めた。

 幸運にも、茂みの中で衣服が枝木に引っかかり膠着。上手いこと魔物からも見つからずに一命を取り留めたらしい。


「第四層をソロ攻略か……先が思いやられる」


 先程までいた第五層では無いものの第四層だって仲間の力を合わせて何とか踏破した階層である。


 階下へ降りる方法を知っているとは言え、一人での攻略をするとなれば勿論気は重くなるし、先は見えない。


 枝木をボキボキと降りながら、太い幹に両手に持った短剣を突き刺してゆっくりと降りる。


 どうやら俺は運に見放されていなかった。


 目の前には三層へと下るゲートのある祠が見つかった。


 獣犬等の鼻の聞くザコがウヨウヨと居る第三層へ降りる前に、俺は衣服に樹液や土を刷り込んだ。


 それから近くの水辺で水分を補給。

 水魔法、それから浄化魔法まで使っている余地は無かった。


「はぁ、生き返るな」


 俺は一息ついて、リアンの事を思い出す。彼には申し訳無いことをした。

 リアンはただ、アストが油断しすぎていたせいで命を落としたというのに、アストやイナビア、ヒルルはそれを全く理解していない。

 あまつさえ、俺を責めた。責任転嫁も甚だしい。


 リアンは、最期恐怖に負けて涙を流していた。


 死にたくないと懇願していたリアンの眼。


 アストの怒り狂った眼。


 イナビア、ヒルルから向けられた、臆病者を見るような軽蔑の眼。


 俺は、皆を救いたかった。


 それだけなのに。


 駄目だ。クヨクヨしていたって何も始まらない。

 俺はスクッと立ち上がり、歩み出した。


 第四層ゲート近くの石版にガリガリと書き記す。


「力になれなくてすまなかった」と。


 第四層ゲートを潜り、第三層へと戻る。


 第三層は今まで何度も攻略してきた。

 敵対する冒険者も少なくない。魔物だけではなく、人気へも警戒して進んでいかなければ。


 いつになく、毒霧が濃い山岳地帯。視認性もかなり悪くなっている。

 俺はフィルターを展開し、ゆっくりと歩を進める。


 所々、毒霧によって息を引き取った毒耐性のある魔物の死骸が腐食していて、痛烈な臭気が漂う。


 臭いまで消すには魔力が惜しい。できるだけ呼吸を止めて先へと進む。そして、毒鳥に見張られている気配を感知しながら、俺は山岳地帯を抜けた。


 そして、泥沼地帯。

 強烈な粘液は触れるだけで殆どの物質をドロドロに溶かしてしまう。

 それが、ガスによってコポッコポッと粘液が吹けば通過する者を遮るには充分である。恐怖に支配された者はここを乗り越えることが出来ない。殆どの冒険者は泥沼地帯手前の花園で冒険の足を止める。それほどまでに、この泥沼地帯は第三層屈指のデススポットだ。


 故に、ここを抜けることが出来れば、帰還出来たも当然ではある。


 第二層まで降りることが出来れば、少なからず冒険者ギルドによるシェルターがあるし、商売人を連れた冒険者もそこらを彷徨いている。魔物も一気に大人しくなり、俺からすれば充分安全圏だ。


 俺は身体にベールを纏わせ、蓮のように無数に存在する泥沼の上を一気に駆け抜ける。

 足場の無い足元には一瞬だけ地属性魔法を唱え落下現象をロックして、蹴り進む。


 仲間の居なくなったら今だからこそ出来る強硬策だ。

 一人が、こんなに快適なものだとは思わなかった。


 全員を護り、ガスへ対応し、一々ヒルルが足場を生成するのを待ちながらゆっくりと進んだこの毒沼地帯。

 時折空中からの襲撃や、泥沼からの毒蟲にアストや

 リアンが身体を溶かされるものだから、かなり手を焼いた。

 そんな、仲間と共に一日かけて何とか突破出来た。その時はまだ、そうやって助け合うことが仲間として当然だと思っていた。

 今思えば、俺が助けられてきた覚えはない。恩を着せられてばかりだった様な気がする。

 いつから俺は誤魔化すように錯覚し、我慢をしてきていたのだろう。


 そんな泥沼地帯も一人であれば一時間足らずで突破した。こうして、俺にとってはあいつらが足でまといなのだと立証されてしまった。


 打って変わって景色は晴れ渡る。

 華やかな花園は色とりどりの食肉植物が潜む悪魔の花園。攻略方法はただ一つ。


 誰も実践する事は無いが、自分の身体を燃やすだけ。


 こいつらは火炎魔法に弱い。ただ、数が多すぎてすぐさま背後を狙われて食い散らかされる。一人であるならば、自分を業火で包み込み、ここを直進する事が可能だと俺は考えている。

 それも、俺の回復能力があっての突破方法だし何より自分の体力、能力を最大限信用しているからこそ成せる所業だ。


 生憎俺は痛覚無効能力だけは使おうと思ったことがなかった。

 だからこそ、俺が被弾すれば人一倍苦しいし、人一倍のたうち回りたくもなる。ただ、俺には俺のやり方がある。

 回復職である俺が痛覚を失えば、誰の危機にも気付けない。勘づくことも出来ない。危機感を失う事になってしまうからだ。

 それ故に研ぎ澄まされた察知能力を得たし、身を傷付けない方法を模索し続けた。


 俺は元より、剣術や魔術に長けていた。将来はディオーネ有数のエリュシオンとなる事を夢に見ていた。


 だが、今となってはアストのパーティを追放された野良の冒険者。

 アルケーの塔より帰還して、俺は再就職する事になるだろう。もう、冒険者は廃業しよう。


 また回復職にでもなって、誰かを護るなんて、自分を殺し続ける羽目になる。


 俺は二度と、目の前で仲間を失いたくない。


 俺は二度と、裏切られたくない。


 仲間なんて、作らなければ良かった。


 パーティ結成当初の事を思い出す。


 希望に満ちたアストやリアンの笑み。


 俺に向けられた期待の眼差し、好奇の目。


 イナビア、ヒルルが仲間に加わってからも楽しかったなぁ。


 アストはヒルルと日々距離を縮めて行った。そんな仲を見ていて俺は嫌な気を持つ事なく、仲間の幸せを俺の幸せのように思っていた。


 それからだ。アストが無鉄砲を強さやカッコ良さだと勘違いし始めたのは。


 あの時、俺が解らせてやるべきだった。


 このやり方じゃ、いつか死人が出るって。


 リアン……。


 そう思うと、涙が零れていた。


 ……熱い。


 いつの間にか俺を包む業火は勢いを増し、周りの全てを焼き尽くす。

 無謀にも俺を食そうとするトレント共は全員燃え尽きた。


 俺がやったのか。


 その屍を見て、気づいた。


 俺はいつから、戦う事を諦めていたのか。


 あの時も言われるがまま仲間の治癒に疲弊し、戦う事を忘れていた。


 俺ならリアンをキマイラから護れたかもしれない。イナビアは兎も角、ヒルルなんかよりは俺の方が魔力も威力も長けている。


 アストと共に剣を握り、前線を張って居れば今頃、背中を合わせて共闘出来る未来があったかもしれない。


 ……そうか、アスト達が言うように、回復職に甘んじていたのは本当だったのかも知れない。

 俺はもう一度、俺の可能性に賭けてみたい。


 もっと強くなる為に。

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