第51話 僕に足りないもの 前編

 ケーキを食べ終えて自室に戻ってくると、レジスタンス本部から呼び出しの手紙が届いていた。僕はそれを持って指定の場所へと向かう。

「ナスチャ、これは一体なんの用だろうな? 少ししたらヴィクトリアによる特訓が始まるというのに、これから任務とかはないよな?」

 頭に乗っているナスチャを撫でて言った。

「どうだろうねー」

「僕の体はネツァクと戦ってボロ雑巾みたいなったんだし、少しは休ませてくれよ」

「いいじゃん、別に。もともとボロ雑巾みたいなもんだし。それにセシリアは簡単には死なないからさ。もし死にかけたらぼくがつついて治してあげるから、安心してよ」

 ナスチャは他人事のような顔をしてやれやれと言わんばかりに羽を広げた。

「任務となるとお前も連れていくからな。お前の休暇も減るんだぞ? いいのか、それで」

「別にすることもないからいいよー。セシリアについていってあげるー。かわいそうなことになったら慈悲深いぼくが助けてあげるー」

 ナスチャがあからさまに不満そうに、それでもって意地悪に言うので、

「……悪かったよ、この間は置いていって」

 と僕は謝らざるを得なかった。

 するとナスチャは満足そうに胸を張って、ふふんと言った。

「だが僕が楽しみにしていたアイスクリームを食べたことは許さん」

 すかさず僕はナスチャの両頬を掴み、力の限り横に引っ張った。

「ああ、もう! 痛いよ、離して、離してってば!」

 羽を広げてバタバタと僕の頭を叩くが、頬を掴む手の力は緩めない。

「ごめん、ごめんって! 勝手に食べちゃって! 今度埋め合わせしてあげるから許してってば!」

 僕は舌打ちしてから離した。

 ナスチャが赤くなった頬を膨らませて不服そうに僕を見下ろすので、僕はナスチャに一発デコピンをお見舞いした。


 指定された部屋の扉をノックすると、中から入室を許可する声──それも聞き覚えのある声が聞こえた。

「失礼します」

 一礼して入ると、そこにいたのはシェリルだった。

「また会ったわね」

 シェリルは品のある笑みを浮かべて小さく手を振った。

「なんの用なんですか?」

 僕は連絡に使われた手紙を見せて訊ねた。

「わざわざ呼び出したのは歴とした理由があるのよ」

 シェリルはベロア生地のトレイを僕に見せた。そこに載せられているのは、[Delta]と書かれた白い腕章だった。

「はい、これ。レジスタンス本部からの支給品よ。第七のセフィラを抜いた戦績を評価した結果、あなたの昇格が決まったわ」

 シェリルが僕が現在付けているエコー部隊を示す黒い腕章を取り外すと、新たなデルタ部隊の白い腕章を付けてくれた。

「おめでとう、セシリア。これからも精進なさいよ」

 後半にかけて語気を強めて言った。シェリルは普段は見ないような鋭い目つきで僕を見る。その視線は僕の思考を貫いた。

「……はい」


 その日の晩、眠っているナスチャを自室に残した僕は、無意識のうちに屋上に来ていた。見上げると満点の星空が広がっている。

 ──あの日もこんな夜だったな。

 僕は背中にあるクレイモアを抜き、素振りを始めた。

 涼しい夜風が心地よい。

 ──僕が中途半端な強さも持っていなければよかったのだろうか。そうしたら悲惨な結果にはならなかったのだろうか。

 辺りはやけに静かで、クレイモアが空を切る音だけが虚しく聞こえるだけだ。

 ──強くなって必ず──。

「──殺す!」

 クレイモアを振り下ろした僕の手首を何者かが掴んだ。

「駄目ですよ、そのように力任せに振っては」

 僕が声の主を見る。

「こんばんは。デルタ部隊に昇格したんですね、おめでとうございます」

 内面を絶対に読ませない微笑を浮かべているアンジェラがいた。黒地に黄色で無数の菱形の模様が描かれた特異体のロングコートと、ブロンドの艶のある髪を夜風にはためかせている。

「アンジェラ……どうしてここに?」

 想定外の人間の登場に戸惑っている僕の口から疑問がこぼれた。

「なんとなく、では駄目ですか?」

 アンジェラは掴んでいた僕の手首を離離すと、口元を隠してクスクスと笑った。

「……いいですよ、それで」

 僕が不服そうに答えると、アンジェラは、

「どうも」

 と言って会釈した。

 それから少しの静寂を挟んでからアンジェラが口を開いた。

「セシリア、一つ頼みがありますが聞いていただけますか?」

「なんですか? ものにもよりますが、僕ができる範囲のことでしたらやりますよ」

「では……私と一戦を交えてほしいです」

「僕なんかでよければ……やりますよ」

 そう答えるとアンジェラは喜びという感情を顔に僅かに滲ませた。

 それからアンジェラが特異体の防具であるロングコートに描かれた菱形の一つに指を沿わせると、短剣に実体化させた。布にあった模様はそこだけ不自然に欠けている。

「それが特異体……」

 非現実的な現象を眼前にして呆然とする僕を見てアンジェラが、

「とても便利なものですよ」

 と言っておもむろにロングコートを脱ぐと、手に持っている下に着ているレジスタンスの制服のスカートに当てた。

 すると不思議なことに短剣は布に吸い込まれて菱形の模様となった。

「まあ、私しか使えませんが」

 アンジェラは再度スカートから模様を短剣に実体化させて握った。その手に力が入っているのが見て取れた。

 ロングコートを畳んで邪魔にならない位置に置くと、

「さあ、始めましょうか」

 と微笑んで構えた。

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