第28話 第八のセフィラ戦
阿鼻叫喚の空間を支配するのは第八のセフィラ・ホド──ではなかった。少女二人が彼を圧倒していたのだ。
床から何本もの腕が生える。天に手のひらを掲げるようにして足場となった。ホドはそれを踏んでアンジェラの短剣による攻撃を躱していった。
レイチェルも特異体でホドと同様の動きをする。先端が鋭利でとても足場にはならなさそうなものだが、レイチェルはそれを器用に踏んでホドをただひたすらに追いかけ回した。
「──っざけんな! あの雌ガキをぶち殺さねェといけねェってのに、ホロコーストどもが邪魔すんな!」
ホドの瞳に恐怖が映る。それは二人の少女ではなく、他の──さらなる脅威に対するものだった。意識が一瞬逸れた。たかが一瞬、されど一瞬。だかそれは命取りだった。
両手に痛みが走る。アンジェラの短剣がホドの手を捕らえたのだ。それによってバランスを崩し、巨人のような手のひらから落下した。床に背中から叩きつけられ、肺が圧迫されて空気が漏れる。
短剣は勢いを落とさずに手のひらを貫通し、ホドを床に縫い付けた。
ホドはすぐさま突き刺さった短剣を抜こうとするが、短剣の勢いは止まらない。少し離れたところでアンジェラが短剣が抜かれないように操り続けているのだ。
「──嫌だ! 死にたくない!」
ホドが目を見開いた。接近してくるのはレイチェルの拳。それもただの拳ではない。赤い棘がメリケンサックのように手から生えており、殴られたらひとたまりもないだろう。
「──クソ!」
それをホドは‘前腕’で受け止めた。床に縫い付けられて使い物にならない腕とは別に、一瞬で腕を左右に一本ずつ増やしたのだ。棘が前腕を貫通し、鮮血がポタポタとホドの顔を汚す。
一拍おいて、ホドは腕を追加で二本生やした。そして増えた手で拘束されて使い物にならない腕と特異体が刺さっている腕を肘のところで握り潰して切断した。
もげた前腕がぼとりと音を立てて落ちる。
体が自由になったホドは転がってその場を即座に離れた。刹那──今まで倒れていたところにレイチェルの特異体の棘が二本突き出した。それらは頭と首を狙った位置だった。一本は首を切断するのに十分な太さを持ち、もう一本は脳幹を確実に損傷する鋭さを持っていた。
「本気で殺しにきてんじゃねェか……」
ホドは顔に苦痛を滲ませて言った。
「本気? 笑わせないでください。あなた程度に全力は使わないですよ。私たちの装備を見てください──」
アンジェラはホドの前に立ちはだかって凄むと、一度指を鳴らした。すると示し合わせたかのようにアンジェラとレイチェルはスーツのボタンを外して裏地を見せた。
悪魔のような笑みを浮かべたアンジェラは、
「──特異体の武器や防具はありませんよ。なので私たちの戦力はいつもより大幅に減少しています。それなのに二人がかりとはいえあなたは苦戦している。それでもセフィラですか?」
と侮蔑した声色で続けた。
ホドの瞳に映るアンジェラは、彼にとってはレオン以上の脅威になっていた。既にホドは戦意は喪失したも同然だった。
切断した肘から下を再生しようとしていたが、それも諦めていた。彼の上半身には無傷の腕が二本、手首辺りまで治った不恰好な腕が四本生えている。
「まったくもってアンジェラの言う通りだよ。あなたは弱い、弱すぎる。──だから終わりにしよう」
一呼吸置いて、
「シャーデンフロイデ、この吸血鬼を殺して」
と冷淡に言ったレイチェルは手を振り上げた。それは避ける暇を与えないような速さでホドを囲い込むように全方向から棘が生え、体を貫いた。ありとあらゆる方向から串刺しにされ、鮮血が噴き出す。
一拍置いて、棘が抜き取られると、ホドの体が床に落ちた。それは重力に従う自由落下だった。彼の体はただの物になっていた。
あちこちから貫通して穴が空いて出血しており、ホドの体はカートゥーンアニメに出てくるような穴あきチーズになっていた。
脳幹を損傷したホドは末端から黒い煙となって消えていく。
そこにアンジェラが歩み寄る。
「ホド、今際の際に言い残したことはありますか?」
といつもの内心の読めない微笑を浮かべて訊ねた。
まもなく消え去るという最中、ホドの虚ろな瞳は天井を見つめている。
「…………ホロコーストがホロコーストに殺される……こりゃまた酷ェアイロニーだな……」
独り言のようなその言葉は空に消えた。そして全身が黒い煙となって消えていった。
そこにはホドが生きていたという証拠は残らなかった。あるのは少量の灰だけだった。
そこへすかさず灰を回収しようとシェリルが現れた。灰を陽光から守るための黒色の不透明な小瓶に詰め終えると、アンジェラの肩をポンポンと叩いた。嫌味ったらしい笑みを浮かべて口を開く。
「なにが『特異体の武器や防具はありませんよ。なので私たちの戦力はいつもより大幅に減少しています』よ。あなたがっつり特異体の武器を持ち込んでいるじゃない」
シェリルは口ではそう言うが、どこか嬉しそうだった。
「──まあでもとにかくアンジェラとレイチェルの二人はお疲れ様。ってところで悪いんだけど、どっちかセシリアの様子を見てきてほしいの。頼めるかしら?」
「それは構わないのですが……」
アンジェラは視線をシェリルからレイチェルに動かした。レイチェルと目が合う。二人の言いたいことは同じだった。
「どちらが行くべきでしょうか?」「どちらが行くべきですか?」
二人の声が重なる。
「どちらでもいいわ。──ではこれで決めることにしよう」
そう言ってシェリルはどこからともなく取り出した一枚の硬貨を見せた。表には偉人の顔、裏には宮殿が描かれている。
「さあ、どっち?」
「裏でお願いします」「じゃあ私は表で……」
二人の声を聞くと同時にシェリルは硬貨を高くに投げた。それを手の甲でキャッチし、もう片方の手で結果をかくした。
手をそっと退けるとそこには──なにもなかった。
「はい、二人とも行ってらっしゃい」
シェリルは楽しそうに笑って言った。
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