第22話 救われない愚者 中編

 僕たちはようやく目的地に到着した。──三番通りのクラブだ。とはいえ、この通りにクラブは何軒もあり、どれがジャンキーが指していたものか分からない。

「……店の名前聞いとけばよかった」

 僕が頭を抱えて唸っていると、

「これだから詰めが甘いんだよ、きみは。それにここに住んでいた割には大して詳しくないんだね」

 とナスチャは平常運転で僕を見下してきた。言い方が非常に腹立たしいが、事実であるため言い返せない。

 店の看板のネオンが煌々と輝く。この通りはスラム街の都のようで、普段このような場所に近づかない僕は気後れしてしまう。

「一軒ずつしらみつぶしで行くしかないか」

 僕は大きなため息を吐いて、一番近くのクラブに入った。

 店内は音楽が大音量で流されており、耳がおかしくなりそうだった。それに耐えながら僕は売人を探した。

 一般人と関係者は臭いで区別ができる。単純にそういった薬物の臭いがするかどうかだ。関係者から売人かそうでないかを見分けるのは、動きからだ。乱用している人間の動きはどこか歪なので分かりやすい。

 続いて僕はサインを探す。薬を欲するものが他の者に見つからないように売人に特定のハンドサインを送る。それがこの街では定番となっているのだ。

 ジャンキーの動きを注視する。

 ──売人に右手の甲を見せ、一度握る。それを開いて親指が外側になるようにサムズアップした。

 少ししてジャンキーはトイレへと消えていった。数十秒後にそれを追って売人もこの場を去る。

 三分もしたら彼らは何事もなかったかのように戻ってきた。そしてジャンキーはこのクラブを出ていく。

 ナスチャが一緒だと怪しまれると思った僕は部屋の隅に下ろし、

「良い子でいてね」

 と頭を撫でた。

 僕は先ほどのサインを売人に送り、ジャンキーと同じ行動を取った。トイレの個室に入り、鍵をかけずに待っていると売人が遅れてやってきた。

 三十代前半ほどの細身の男性だ。日焼けしている肌──おそらく日中は露店で働いているのだろう。

「……見かけねぇ顔だな。新入りか?」

 売人は僕の顔を訝しげに見た。

「ええ、まあ。最近こちらの街に引っ越してきたんですよ。家業の経営が悪化してしまったので出稼ぎで来たんです」

 違和感のないように笑みを浮かべて言った。

 この地区の隣にはとても工業地帯があり、そこに雇われた労働者の半分以上がこの街で暮らしている。住んでいた人間ならではの知識だ。我ながら良い設定だろう。

「そうか」

 呟くと、売人が僕の体をつま先から頭の天辺までじっくりと見て、

「その服はコスプレか何かか?」

 と訊いた。

「……そう思うんなら、そうなんじゃないですかね」

 言い終わると同時に僕は売人の胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。背中から便座に叩きつける。

「なにしやが──」

 僕はポーチからナイフを取り出して首に宛てがった。続けて僕は仰向けになっている売人の腹を跨ぎ、

「お前の生殺与奪の権はこちらにある。僕の質問に嘘偽りなく答えてくれたらできるだけ傷をつけずに解放する。でなければ殺す」

 と脅した。ここの人間が一人減ろうが誤差に過ぎない。

「……ったく、分かったよ。お嬢ちゃんが何者かは知らねぇが、答えてやる」

 僕はすかさず空いているほうの手で売人の顔面を殴った。この期に及んで態度が傲慢なのに腹が立ったのだ。

 売人は鼻血を流しながら睨みつけるので、僕はもう一発殴った。先程よりも強く殴ったせいで鼻がひしゃげた。

 僕の手に血が付着する。不快なのでもう一発殴った。今度は頬に当たった。売人は口内から出血したようで、床に血液の混じった唾液を吐き出した。

「いいか、僕の質問にだけ答えろ。それ以外で喋ったらまた殴る。──いや、次は目にするか。目に指を突っ込んでやる。いいな?」

 冷淡な声で言うと、売人は死体のような青白い顔でコクコクと頷いた。

「お前の名前は?」

「……エラーだ、です」

 ビンゴ。一発で当てられるとは今日は非常に運がいい。

「そうか。それにしてもエラーなんて名前、初めて聞いたな。お前、どこの組織の傘下の売人だ?」

 この街で顔を利かせる組織は主に三つ存在する。ギャングとマフィア、そして元軍人で構成された集団の三種類だ。それらの活動資金は主に違法薬物で稼いでいるため、傘下でない──上納金を納めていない人間は真っ先に消される。

 誰だって自分の取り分を横取りされたくはないのだ。

「……どの組織にも属していません」

 目を泳がせて答えた。

「それで薬物売ったらどうなるか分かるよな? ミンチにされてそこの港の魚の餌にされるぞ」

「……それでも自分はそうせざるを得ないんです」

 エラーの目から自分の死よりも恐れているものが見えた。

「売らざるを得ないのか?」

 そう訊ねるとエラーは頷いて、

「あの方の言う通りに薬を売らないと……娘が……娘が殺される!」

 と絶望を顔に滲ませて叫んだ。

「あの方? そいつは誰だ?」

 僕が続けて訊くと、エラーは黙り込んだ。胸ぐらを掴んで揺さぶるがうんともすんとも言わない。

 ナイフを持たない手の人差し指を立てると、目へゆっくりと近づけていく。眼球を抉るという非人道的な行為を実行しようとすると、

「吸血鬼だ!」

 とようやく口を開いた。

「分かった。要するにお前はアレか。吸血鬼に娘を人質に取られて、薬を売らないと娘を食うって脅されているんだな?」

「そうです! そうなんですよ! だからどうか組織にリークして抹殺するのはやめてください! 娘を助けられなくなってしまう!」

 ──自分の命より愛する者の命を優先する。

「……しないから安心しろ。僕にとってはお前の生死なんぞどうだっていいからな。ところで一つ訊くが、お前が取り扱っている商品には何がある?」

「そこら辺で手に入る薬は一通り揃えてあります。あと……」

「あと、なんだ?」

「……あの方の血液です」

「血液?」

「あの方の血液は依存性がとても高い薬のようなものですよ。当然ながら副作用も強い。アレは一度使っただけで抜け出せなくなるんです。そして……三度も使用したときには……吸血鬼になるみたいで……」

「吸血鬼の血液にそのような効果があるのか?」

 そのようなものは聞いたことがない。吸血鬼になるにはレオンの黒血を摂取するというのが条件のはずだ。

「あの方はそれを『異能』と言っていました」

「異能……異能……ああ、そういうのもいるのか、納得」

 僕は一人コクコクと頷いた。

 噂は正しかった。これで次の行動が決まった。僕はどうやらすぐに本部には戻れないようだ。

 エラーの胸ぐらを掴んで、目線を合わせると口を開いた。

「娘を人質に取られたかわいそうなお前に朗報だ。僕は吸血鬼を殺すための組織の人間で、今回はその薬の調査に来た」

 続けて、

「薬が吸血鬼の異能によるものなので僕はその元凶を殺す必要がある。それを殺せばお前の娘は返ってくる。さあ、お前はこれからどうすればいいか分かるか?」

 と語気を強めて言った。

「案内します」

 エラーは僕を神か仏を見るような目つきで応えた。

「物分かりがよくて助かるよ」

 僕はナイフをしまってエラーを解放した。


 トイレを出ると、辺りがやけに騒がしかった。部屋の隅に人だかりができている。──ナスチャがなにがやらかしたのだろうか。

 僕は人混みを掻き分けて先ほどナスチャを下ろした場所を目指す。

「なにこの鳥、ちょーかわいい」

「うわっ、めっちゃふわふわなんですけど」

「触り心地サイコー!」

 ナスチャは女性客に構われていた。近くにつまみのナッツ類が散らばっており、それを一心不乱に食べている。まるで周囲の人間など存在していないような振る舞いだ。

「おい、ナスチャ」

 僕が呼ぶと、食べるのをやめてこちらを見て、

「セシリア! ずっと待ってたんだよ!」

 と言ってひょこひょこと跳ねてこちらに近づいてきた。

 僕はすかさずナスチャを抱き上げて、逃げるようにその場を去った。


「お前、人気者だったな」

 ナスチャを頭に乗せて言うと、

「あんな香水とお酒とタバコの臭いがする人たちにちやほやされても嬉しくないよ。あーもう、羽に臭いついちゃったじゃん」

 とプリプリと怒っていた。

「まあいいじゃん。ナッツは美味しかったんだろ?」

「……ちょっと塩気が効きすぎていたから嫌い」

 そう口では言うが、ナスチャは満更でもないような表情だった。

「……ねぇ、セシリア。今度ナッツを買ってよ。塩は振ってないやつね。ぼくが自分で塩振って食べるから」

「ああ、分かった。この任務が終わったら買いに行こうか」

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