第17話 宣告

朝になると着替えてロビーで藤堂さんと待ち合わせする。

車で現場に向かう途中にコンビニで朝食を買う。

冬莉には内緒だけど出張とかの際、朝食が面倒になる。

地元にいる時もおにぎりくらいだった。

今は果肉入りのヨーグルトだけにしている。

現場に着いて時間になるとラジオ体操が始まって朝礼が始まる。

ネットでもよく言われてる事だけどこの朝礼の意味がわからない。

業務内容だけ伝えたらいいのに、安全確認等が行われる。


「よし!」


実際作業中に言ってる人を見た事が無い。

あと、無駄に声がでかい。

でかくないと注意される。

工業高校卒の俺には見慣れた光景だけど大卒の藤堂さんには理解不能の世界だろう。

朝礼が始まると仕事をする。

配管を製作する人、現場に行って寸法を取りに行く人、配管を取り付けに行く人に別れる。

俺達も仕事に入る。

これがなかなか難儀な仕事だ。

なんど現場の人に「北を左上にして下さい」と言ってるのに方角がでたらめだ。

なんでわかるか?

工場の柱に番号が振られていてそれを全体図で見ればどこにどの装置が置いてあるかわかるから。

向きがでたらめだとあさっての方向に配管が行く。

アイソメで向きを間違えるのは致命的だ。

下手すると全部書き直さなければならなない。

つかえるのは装置への接続部分だけ。

いや、それすら考えて書き直さなければならない。

まあ、手書きの図面をCADで書くんだから同じだと思うだろうけど、全然違う。

方向が違うからどっちに線を伸ばせばいいのか?

バルブの向きはあっているか?

バルブはハンドル部分も書くのでそれも考えなければならない。

最悪「自分で図って来い」と言われる。

そりゃ、藤堂さんも文句を言いたくなるわけだ。

しばらく作業してたら施行会社の社長が来た。

うちの社長と藤堂さんと話し合って出た結論を伝えなければならない。

端的に言うと「仮図面は二度手間だから省いて欲しい」「現場に人を常駐させているほど余裕がないから今まで通りFAXでやりとりしたい」

最悪月1で打ち合わせする程度にして欲しい。

地元にいる副社長には話を通してるから大丈夫だと思った。

しかし、考えが甘かった。


「それをどうにかするのがお宅の仕事だろうが!うちには関係ない」


現場には常駐させておかないと困る。

仮図面は描いてもらわないと困る。

こっちの話など全く聞く耳持たなかった。

まあ、自社で配管を製作していた社員が事故で死んでも労災すら認めなかったらしい社長だから当然なんだろう。

配管工などの社長はそっち系の人が多いと聞いたことがある。

社長がそうだからスカウトしてくる社員も同じだ。

同じように出向していた社員が「風呂からもどったら同室の社員が俺の財布から金を抜き取ろうとしていた」という話を聞いた。

昼間っから「昨夜出会い系サイトで知り合った女とやった」なんて話を堂々としてる。

「親が危篤だから一度帰りたい」と願い出たら「この仕事やってて親の死に目に会えると思うな」と怒鳴りつけてるくらいだ。

社長と電話で話し合う。


「宮成はそのまま残っておくわけにいかないか?」

「……俺そんなに長居するほど荷物用意してないです」


着替えすらないんだぞ。

社長は施工会社の社長と電話で話し合う。

その間に仮図面について説明する。

分かりやすく言うと「こういう感じで配管しますよ」と工場に提出する図面……だと思ったら違うらしい。

仮図面も正式な図面もまとめて客先に提出するらしい。


「仮図面意味ないじゃん」


少なくとも藤堂さんはそう判断したらしい。

出さないのなら手描きのままでいい。

俺達の仕事は時間給だ。

余計な手間は省いた方がお互いの利益につながる。

だが、この手のワンマン経営の社長には関係ない。


「今まで描いてたんだから描いてもらわないと困る!」


その一点張りだ。

結局うちの会社の社長が折れた。

仮図面は描く。

常駐させる社員も準備する。

ただ、今回だけは俺も一度返してほしい。

仕事は今まで通りこなす。

出張前に話した打ち合わせは意味がない物になってしまった。

昼まで仕事をすると駅に送ってもらって地元に帰る。

藤堂さんは出張手当を使い込んでしまって切符が買えなかったので仕方なく自由席で帰る事にした。

名古屋から新大阪までずっと立ちっぱなしだった。

新大阪を過ぎると時間も理由だろうけど空いて座る余裕が出来る。

その間も藤堂さんの愚痴を聞いていた。

地元に帰ると藤堂さんの彼女が車で迎えに来ていた。

まず藤堂さんの彼女を家に送って藤堂さんと会社に行く。

社長から説明を受ける。

俺はこの仕事が終わったら次の仕事が決まってるからそっちに行かなければならない。

それまでに「新しい社員」を準備するからそれまで四日市にいてくれ。

「嫌です」と言えない業界なのはどこも一緒だろう。

「嫌です」と言った人が今どうなるのか知りもしなかったけど。


「宮成は話はそれだけだからちょっと席を外してくれ」


社長がそう言うので会社を出た。

藤堂さんと何を話しているのだろう?

しばらくして藤堂さんが出てきた。


「家まで送ります」


藤堂さんがそう言うので家に送ってもらう。


「俺クビになりました」


車に乗るなり藤堂さんが言った。

どういうこと?

藤堂さんはまだ試用期間だからいつでもクビに出来る。

そしてその試用期間に労基に駆け込むという無茶をやった。

会社にしてみたらいい迷惑だと思ったんだろう。

会社に従えない人間はいらない。

地元の中小企業ならよくある事だ。

俺は家に帰ると冬莉が夕食を作ってくれていた。


「どうせまた肉ばかり食べてたんでしょ?」

「一日しかいなかったんだけど」

「せめて家にいる間くらいバランスをとって」


その割にはロールキャベツなんて用意してくれていたけど。

夕食をとりながら藤堂さんのいきさつを話す。

冬莉も話を聞いていたらしい。

多分俺よりも冬莉の方が詳しいんだろう。

俺が出張してる間も冬莉は社長と藤堂さんのやり取りを聞いていたんだから。


「私達も他人事じゃないみたい」


冬莉がそう言って説明をする。

会社としては労基に是正案を出さなければならない。

藤堂さんの書類は異常なまでに正確だった。

どこで調べたのか知らないけど普通ならつくはずの残業手当を計算していた。

しっかり法で定められた割増賃金で。

そうするとバレたらまずい事がバレる。

俺達の残業手当も基準の割合に達していない。

当然それも是正しないといけない。

監督署はそんなに権限がない。


「ここは私の顔を立ててせめて半額でも出してもらえませんか?」


そう言って社長を説得したそうだ。

社長はかなり頭にきていたらしい。

是正案はちゃんと労働基準法通りの割合で残業手当を出すことになった。

ここまでは何の問題も無いように思えた。

問題はここからだ。

いくら労働基準法が決めようと客にその額を要求することが出来ない。

実際にはしてるんだけど、会社の利益が減る。

そこで社長と労務士は考えた。

労働基準法の割合で今まで通りの残業手当で済ます方法。

それは元を下げたらいい。

ぶっちゃけると俺達の基本給が減額になった。


「そうしないと会社が成り立たない」


そんな会社潰れてしまえと潰してしまう世界もあるというのに……。

今まで通りの賃金だから問題ないと思ったらそうではない。

基本給を下げられた分残業を増やさないと今まで通りの給料をもらえないという事になる。

前に大島さんが残業し過ぎて残業代が増えすぎたので時間給を下げられたことがある。

それと同じ事が起きてしまった。

藤堂さんは要求通りとは言わないまでも未払いの賃金をもらったからいい。

失業理由も会社都合だから失業保険もすぐ下りるだろう。

だが、残った俺達には災難でしかなかった。

俺も自分のやってきた行動を振り返る。

あれはやり過ぎだったか。


「必要ない人間は辞めてもらう」


そんな事簡単にできるわけないと甘く見ていた。

そんな不安を冬莉に打ち明けていた。


「ナリに限ってそれはないから」

「どうして?」

「ナリには私がいるから」


片桐家にたてついた企業の末路なんてわかりきってると冬莉は言う。

だからあの時も冬莉は一人社長に反抗したのか?


「冬莉には逆らわない方がいいってことか?」

「私の事怖いと思った?」

「頼もしいよ」

「でしょ?」


そう言って冬莉はにこりと笑う。

俺は風呂に入ると数日分の荷物をまとめる。

それを見ていた冬莉が俺の手を止める。


「そんなに滅茶苦茶に入れたら駄目。しわになっちゃうでしょ」


そう言って冬莉が丁寧にたたみながらバッグに入れていく。


「なんか、空みたい」

「空?」

「うん、私のお兄さん。空も私のお姉さんの翼に同じように言われてた」


冬莉の整理が終ると俺達は寝る。


「今度はどのくらいかかるの?」

「月末には次の仕事があるらしいから」


遅くてもそれまでには帰れるだろう。


「その次はどこに行くの?」

「心配しないでいいよ。今度は市内らしいから」

「よかった!」


冬莉が抱きついてくる。

もちろん何もしない。

俺は魔法使い。

空気なんてわからない。

次の日冬莉を見送る。

俺はもう少し時間があるから。


「浮気したらだめだよ」

「そんなことが出来るならとっくに冬莉を抱いてるよ」


それもそっか、と冬莉は笑って会社に行く。

俺も再び出張に出かけた。

この一年出張の方がはるかに長い。

冬莉とどれだけ一緒にいられただろう。

クリスマスくらいは冬莉と一緒にいられるだろうか?

そんな願いもむなしいものになった。

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