第40章 gekishin

「望結、ごめんなさい。私がついていながら」

 凜が暗い声でベッドに横たわる望結に謝罪した。

 以前、彼女が運び込まれた病院の、入院病棟の一室だった。

 比較的こじんまりした個人病院だが、最先端の医療技術が揃っており、更に総合的な治療が出来る設備が整っている。全国にあるFの協力病院の一つだ。

「凜さんのせいじゃないです。私が油断したから――まだまだ訓練しないと駄目ですね」

 望結は優しく微笑んだ。

 その表情を見て、凜はほっと胸を撫で下ろした。今回の負傷がトラウマになって、彼女が戦線離脱を願い出たらどうしようかと心配していたのだ。

「でも、思ったより軽くて良かったです。肋骨にひびが入っただけでしたから」

「そうね。でも焦っちゃ駄目だよ。ゆっくり療養して」

「はい、ありがとうございます」

「学校には連絡したの? 」

「ええ。昼呑みして酔っぱらって家の階段から落ちた事にしておきました」

 望結は恥ずかしそうにぺろっと舌を出す。

「そう…あり得るな」

 凜が苦笑を浮かべた。

 先日、二人で居酒屋に行った時、べろんべろんに酔っぱらって凜が担いで帰った事があったのだ。アルコールに弱い体質なのにもかかわらず、吞むのは好きらしく、雰囲気に飲まれるとつい調子にのってしまうらしい。

 不意に、病室のノックがした。

「どうぞ」

 望結が答えると、ドアが開き、一人の男性が姿を見せた。

 梶山だ。

「失礼致します」

 彼は深々とお辞儀をすると、申し訳なさそうに眼をしょぼしょぼさせながら入室した。

「お二人には大変ご迷惑をお掛けしました。久内さんには、怪我迄負わせちゃって。本当に申し訳ございませんでした」

 彼は再び深々と望結達に頭を下げると、大きな白い紙箱をベッドサイドのテーブルに置いた。

「これ、良かったらお二人でどうぞ」

「ありがとうございます。あ、どうぞおすわりください」

 凜が微笑みながら梶山に丸椅子をすすめた。

「ありがとうございます。梶山さん、そう気をおつかいにならなくてもいいんですよ。下手こいた私が悪いんですから」

 望結はけろけろと笑いながらも目線は紙箱に注がれている。甘い香りが漂っているところを見ると、どうやらケーキのようだ。

「梶山さん、この度はご協力ありがとうございます」

 凜が深々と頭を下げる。

「いえ、そんな。私で良ければ。かえって皆さんの足手まといになるんじゃないかと」

「そんなことないです。心強いです」

 控え目な態度の梶山に、凜がそう答える。

 そんな二人の会話を、望結はきょとんとした表情で聞いていた。

「望結、ごめん。これから話そうと思ってたんだけど、梶山さん、Fに入ってくださったの」

 凜が申し訳なさそうに望結にそう説明した。

「え、そうなんですか? 痛っ! 」

 驚いて上半身を起こした刹那、望結は顔を顰めた。

「無理しちゃ駄目よ。日々が入っただけって言ったって、何箇所もでしょ! 」

「はい、そうでした」

 凜に窘められ、てへぺろの望結。

「妻が奴らに殺されたと分かった以上、大人しくなんかしていられませんから」

 梶山が、寂しげにつぶやくと、目線を宙に向けた。

「お気持ち察します」

 凜が静かに呟く。

「でも、何故、私の妻が・・・一般庶民の私達が、何故こんなことに巻き込まれるか・・・正直、訳が分からないです」

 梶山が苦悶と困惑の入り混じった表情で心中を吐露した。

「多分、一般庶民だからです」

 凜が、静かに答える。

「著名人や何かしらの技能に言い出たものがこういった事件に巻き込まれれば、マスコミが挙って騒ぎ立て、奴らはかえって活動し辛くなります。一般人だとそこまではならないでしょうから」

 凜が淡々と語った。

「奴らは――確か隠形でしたっけ? 一体何を企んでいるんでしょう」

 梶山が二人に尋ねた。

「憑代を増やして、組織の武装を図っている―—ただその背景に何があるのかは分かりません。何をするために、その様な事をするのか。それに妙なのは、憑代を増やすのにも何かしらの試みをしている様なんです」

「それに私も加担してしまった・・・ミートフェスタでも、あのおにぎりを売っていましたから」

 梶山は重い吐息をついた。いくら喜玖毘御前の式鬼に憑依されていたとはいえ、大惨事を引き起こすきっかけとなった事に彼は責任を感じていたのだった。

「でも不思議だな。私の朧げな記憶じゃあ、主催者のブースに肉巻きおにぎりと一緒に差し入れしたり、勿論、店でも売ったりしたんですけど、皆がおかしくなった訳じゃない」

 梶山は首を傾げた。

「確かにそうです。 でも、ひょっとしたら、おにぎりの具、全てが封の肉って訳じゃなかったのかもしれないですよ」

 望結がそう答えた。

「成程、そうだよね」

 凜が感心したように頷く。

「あと、よく分からないのが、あの時男達が口にしたっていう何か」

 凜は眉を顰めた。

「私が一人目を倒した時、階段を上がりかけていた二人の男が何かを口に放り込んだ途端、急に雰囲気が変わりましたから。ひょっとしたら興奮剤か何かかと」

「そう。あいつらの力、半端無かった」

 望結がゆっくりと頷く。

「念の為、調査班があの現場周辺を調べています。ひょっとしたら、何か手掛かりになるは無いかと――」

 不意に、凜のスマホが鳴る。

「はい、弥刀さん? え? 見つかった!? 大丈夫です。後はお願いします」

 凜が大きく吐息をついた。

「カプセル状の薬が、一個みつかったって」

 




 

 

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KURAU MONO しろめしめじ @shiromeshimeji

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