第8話「友達から恋人へ」
「それじゃあ、新入生の入学とサークル入部その他諸々を祝しまして……」
『かんぱ~い♪』
ビールやら日本酒やらカクテルやらを注いだグラスが金高い音を立ててぶつかり合う。オカルト研究サークルの一行はとある居酒屋に来ていた。メンバーには花音と祐知、直人が含まれていた。
「あれ? 俺……いつの間にサークル入ったことになってたんだ?」
「細かいことは気にしない! これからよろしくね~♪」
花音が戸惑う直人の背中をバシバシと叩く。アルコール飲料を口にしていないはずなのに顔が赤く、ひどく酔っ払っているように見える。
「どうせなら友美も誘ってやりたかったな」
「また今度誘ってみよう」
直人は注文したノンアルコールカクテルをすすりながら呟く。
「というわけで、毎年恒例のアレ、やっちゃうか!」
「え? もう!? 始まったばかりだよ? 早くない?」
周りの客などお構い無しに騒ぎ立てるサークル一行。このサークルはただの陽キャの集まりであるかもしれないと不安になる直人。サークルの部長はリュックからあるものを取り出した。
「罰ゲームカード、やっちゃうぜ~♪」
部長の手にはカードの束が握られていた。どうやらオカルト研究サークルの毎年恒例行事で、新入部員を含めたサークル一同で罰ゲームの書かれたカードを引き、順番に罰ゲームをこなしていくという遊戯らしい。罰ゲームは絶対に断ることはできない。何のためにそんなゲームを発明してしまったのか。
「さっそく新入部員から引いてもらおうかな~♪」
「よーし!」
花音は腕まくりをして、一気にカードを引いた。
シュッ
『その場でノリノリで歌を歌う』
「歌を……歌う……」
「『歌を歌う』出ました~♪ ではメガネちゃん、よろしくね」
部長がにやけ顔で花音に振る。新入部員らしく初々しく恥ずかしがる様を期待した。しかし、花音にそんなことを期待しても無駄だ。
「それじゃあ、ドリームプロダクションの『大空ラプソディー』歌いまぁ~す♪ すぅ……澄み渡る青空仰いで~♪ 今日も背伸びしてまたあくびぃ~♪ 風は始まりの朝からぁ~終わりの夜へと僕を運ぶよぉ~!」
花音はノリノリで歌い出した。しかもかなり上手い。期待通りの反応ではなかったが、これはこれでサークル一同は感心した。それから花音は4分間歌い続けた。
「メガネちゃん、なかなかうまいねぇ~」
「歌唱力も生徒会長として身に付けておくべきスキルですから」
「だから君はもう生徒会長じゃないでしょ。あと生徒会長と歌唱力絶対関係ないから」
横から祐知のツッコミが入る。
「次は祐知の番だぞ」
部長はカードの束を祐知の前に差し出す。祐知は恐る恐るカードを一枚引く。
シュッ
「あ、セーフだ」
「え、何だつまんないの……」
祐知はほっと胸を撫で下ろす。中には罰ゲームを免れられるセーフカードもあるようだ。部長の肩が垂れ下がる。
「じゃあ次は君だね。えっと…」
「遠山直人です」
「OK! じゃあ遠山君、引いてね」
「どうしてもっすか? はぁ……」
直人はこういった宴会に抵抗があるわけではない。しかし、罰ゲームという無駄なおまけが付くと、テンションに着いていけなくなる。とりあえずカードを引く直人。
シュッ
『好きな人に告白する』
* * * * * * *
「友美、ちょっといいか?」
「何?」
直人はよく私に話しかけてくる。幼なじみのノリもあるけど、オカルト研究サークルの勧誘も兼ねているのだろう。しかし、私はどうしてもよそよそしい態度を返してしまう。それも全て実力確認試験が原因だ。
「今度の土曜日、一緒に食事に行かねぇか? ダメ……かな?」
「……」
よく食事にも誘ってくれる。しかし、私はその誘いの一つ一つを断っている。今の私には直人の隣にいる資格はない。なので自分に引け目を感じ、直人から距離をとってしまう。
「伝えたいことがあるんだ。頼む……」
伝えたいこと? 博識のない私には想像つかなかった。でも、直人の目は真剣さに満ち溢れている。余程大切な何かを伝えたいのか。いつものように断るのは気が引けた。
「……いいわよ」
「なかなかうまいなぁ、このサラダ」
「そうね」
やけに高級なイタリアンレストランに連れて行ってくれた直人。テーブルには知多牛ローストビーフのサラダ、名水ポークとキノコのピザ、キアニーナ牛のTボーンステーキ。イタリアンレストランはカタカナばっかりで何が何だかわからない。
とりあえず詳しそうな直人に注文を任せ、彼のおすすめのコースメニューを楽しんでいる。どれも非常に美味しくて、直人と共にする食事は不思議と心地いい。
でも……
「ふぅ~、食った食った」
「それで? 話って何なの?」
私はいつまでも話を先伸ばしにしようとする直人にしびれを切らし、単刀直入に聞いた。イタリアンディナーを楽しむのはあくまでついでである。ここにきた目的は直人が何か伝えたいことがあるからだ。
「私に伝えたいことがあるんでしょ?」
「あぁ、それはだな……その……」
直人は手を頭の後ろに持っていく。何を言ったらいいのか迷っている時に、直人は必ずその仕草をする。大学生になっても昔からの癖は治らないようだ。
「俺、友美にはすごく感謝してるんだ。熱心に勉強教えてくれてありがとう。明智大学に合格できたのも、きっと友美のおかげだ」
「……」
「お前と出会わなかったら今の俺はいない。お前は本当に天才だよ。すごい奴だ」
スッ
直人はテーブルに置かれた私の手に、自分の手を添えて告げる。
「そんなお前が好きだ。友美、俺と付き合ってくれ」
直人の言葉に返事をするように、私の心臓は鼓動を早めていく。直人が伝えたかったこと、それは私への恋心だった。直人は私のことが好きなようだった。
でも、アンタが好きなのは天才の私なんでしょ? 今の私は……もう……
「直人、私はアンタが思うような立派な人間じゃない」
「何言ってんだよ。友美は頭いいじゃないk……」
「うるさい!!!」
私は耳を塞ぎながら立ち上がった。周りの客なんか気にもせず、直人の気持ちを跳ね返すように叫んだ。
ポイッ
私はテーブルにクチャクチャに丸めた実力確認試験を投げつけた。直人はそれを拾って広げた。点数を見た直人は驚きを隠せないでいた。
「それが本当の私。もう私のことを天才なんて呼ばないでよ。私は出来損ないの人間なんだってば」
「友美……」
「しかも、自分が馬鹿になってしまったことを認めたくなくて、私は嘘をついた。現状に向き合わずに目を背けた。大学に入れたのだって、きっと運がよかったからよ。だから、アンタ達みたいな本物の天才と一緒にいることに引け目を感じてた。わかった? もうアンタの知る友美はいない。私みたいなグズ……アンタにふさわしくない」
堪えきれなくて溢れ出た涙は、白いテーブルクロスを染め上げる。涙は絶対に私の意思には従わず、私のような人間の体にはいたくないと言わんばかりに落ちていく。
「私は……アンタみたいな……天才じゃ……ない……」
本当にごめんなさい、直人。それでも、アンタのためなら、この決断は仕方のないこと。アンタには、私よりもふさわしい人が必ずいるはず。
スッ
直人は私の頭に手を乗せた。そのまま優しく頭を撫で回した。
「そうか、辛かったんだな。気づいてやれなくてごめんな」
「え……」
「別に俺はそれでも構わない。友美が完璧な人間でなくてもいいんだぜ。むしろ完璧な人間なんてこの世にいないだろ」
「直人、何言って……」
「いいか友美、確かに今のお前は天才ではないかもしれない。だがな、そんなことにこだわる必要はない。天才じゃないから俺と関わる資格がないなんて、そんな馬鹿みたいな話あるわけないだろ」
直人が語り始めるのと同時に、私の涙腺は涙を落とすのを止めた。まるで直人の言葉と連動しているみたいだ。彼の言葉は涙腺にまで語りかけている。
「それに、俺が変われたのは間違いなくお前のおかげだ。お前のおかげで今の俺がある。それだけは絶対に揺るがない。頭のよさとかそういうのじゃない。お前は人間として素晴らしい才能を持ってるんだよ」
ガタッ
直人は勢いよく立ち上がり、私の手を強く握る。端から見ればプロポーズをしようとしてる絵面だ。それでも直人の瞳には周りの客は映らず、真っ直ぐ私だけを見て叫ぶ。
「俺はお前のそんなところが好きだ。お前の不器用な優しさも、どこか素直になれないところも、もう全部好きだ」
「直人……」
「だから、俺はこれからお前と友達ではなく、恋人として付き合いたい。絶対に愛し続けると約束する。友美、付き合ってくれ……」
出た……私と直人を繋ぐ鍵、約束。一度は離ればなれになるも、私達の交わした約束は再び二人の心を繋ぎ止めた。今度は私達の愛を繋ぎ止めるための約束だ。
もし、私のような人間でも、彼の隣に生きることが許されるのであれば……
「約束、絶対守りなさいよね」
「当たり前だ」
私は直人の手を握り返す。彼の手の暖かさはあの時から変わらない。氷が張ったように冷たく凍えた私の心を細やかに溶かしてくれる。私はこの温もりに愛を重ね、祈りを込める。
“どうか…彼と二度と離れることがありませんように…”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます