正しい態度について ~女子生徒視点~

朝の校門をくぐった瞬間、

胸の奥で何かが縮む。


理由は分かっている。

誰かに見られている気がするからだ。


実際、見られているのだと思う。

でも、それは悪意のある視線じゃない。

少なくとも、そう信じることにしている。


昨日から、空気が違う。

歩く速さ、視線の高さ、

挨拶の角度まで、

すべてが「測られている」感じがする。


測る、という言葉は本当は嫌いだ。でも、他に言いようがない。


教室に入る前、靴ひもがほどけているのに気づいた。


そのまま入るのは落ち着かない。

でも、屈むと、何か言われるかもしれない。

ほんの一瞬、迷ってから、

人気の無さそうな彼女は昇降口のほうへ向かった。


しゃがんで、結び直す。

指が少し震えている。


立ち上がった瞬間

たまたまそこを通った男子生徒と目が合った。


反射的に、会釈をする。


いつも通りの、軽い挨拶。

深くもなく、浅くもない。


その直後、背中に、視線が刺さった気がした。


「あの、えっと…その…今の、確認していいですか?」


穏やかな声だった。怒ってはいない。ただ、事務的だ。


私は何も言えず、言われるままに、もう一度頭を下げた。


深く。昨日、教えられた通りに。頭を下げた。


…今思い出した、彼の存在のうわさを聞いたことはあった。



「うん。ありがとう」


その一言で終わるはずだった。

私もうすうす感じていた。

「でもね」その続きがあることを…


「最初の動きがね。

無意識だったでしょ?」


無意識。

そう言われて、少しだけ救われた気がした。


―わざとじゃない。 ―知らなかっただけ。

そういって責任を回避できる。


「今日は指導では無く、記録だけにしておくよ」


記録


その言葉を聞いた瞬間、

心臓が一度だけ、強く打った。


何かが減点されたわけじゃない。

怒られたわけでもない。

なのに、自分の中に、はっきりと線が引かれた気がした。


教室に入ると、

誰も何も言わなかった。


でも、いつもより静かな気がした。


視線が、前よりも下に集まっている。


昼休み、担任に呼ばれた。


理由は「念の為の確認」

念の為…誰の為の確認かを確認することは私にはできなかった。


その言葉が、もう安心を意味しないことを、彼女は学び始めていた。


渡された紙には、

細かい項目が並んでいる。


態度。

一貫性。

反応。


赤ペンで付けられていた印は、

丸でも、バツでもなかった。


「未確認」


「罰じゃないから」


担任はそう言った。


「揺らぎがあるだけだ。

直せばいい」


直す。

自分を。


放課後の指導は、

優しかった。


声を荒げる人はいない。

叩かれることもない。

ただ、

正しい形を、何度もなぞる。


「できてないわけじゃない」

「惜しいだけ」

「もう少し」


その言葉が、

逆に苦しかった。


できているなら、

なぜ、ここにいるのか。


帰り道、

校門を出ると、

息が少しだけ楽になった。


でも、

その軽さは長く続かない。


明日も、学校がある。

また、見られる。


見られないようにするには、

どうすればいい?


答えは、

もう分かっている。


――揺れないこと。

――迷わないこと。

――最初から、正しい形であること。


翌朝、

彼女は早めに家を出た。


昇降口で立ち止まらないように。

靴ひもは、家で結び直してきた。


歩幅を一定に。

視線は下げすぎず、上げすぎず。


誰かと目が合ったら、

深く、迷わず、頭を下げる。


その動きは、

もう「考えなくても」できた。


それを見て、

誰かが、どこかで、

小さな印を付けていることを、

彼女は知らない。


ただ、

静かになった自分を、

「正しくなった」と思い始めていた。


その日、

彼女はもう一度だけ、

ほんの一瞬、迷う。


そして、

その迷いこそが、

次の「未確認」につながっていく。

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【男尊女卑法によって支配された学園】~常識改変され始めの日常をご覧ください~ 男尊女卑法シリーズ 村上夏樹 @dansonjohihou

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