第20話 ■面接練習2 西村あさみ

壇上の西村

 「三年の西村さん、壇上にどうぞ」


 黒崎の声に、体育館全体の視線が一点に集まる。

 列の中央あたりで、西村はおずおずと立ち上がった。彼女の足取りは緊張にぎこちなく、肩の動きも硬い。

 足音はパイプ床にやけに大きく響いた。


 壇上に登ると、用意された面接用のパイプ椅子の前に立つ。

 彼女の口が動いた。


「し、失礼いたします……」


 声は細く震えていた。黒崎が小さくうなずくと、藤木が「どうぞ」と促す。

 西村は少し戸惑い、椅子に腰かけようとした。


 「ちょっと、ちょっと。何をしてるの、西村さん?」

 安藤の声が、ピシャリと会場に響いた。


 「さっきの先生の模範、見てませんでしたか?『どうぞ』と言われたら、まずはどこに座るの?」


 ざわ……と、わずかに会場がざわめいた。

 西村は一瞬うつむき、それからぎこちなく床に膝をついた。制服のスカートがやや乱れ、手で抑えようとした瞬間、藤木が言った。


 「そういうとこだよなあ。そうやって隠そうとすると“やましさ”が出るんですよ」


 「見られることに慣れるのも、女としての自覚です」

 安藤が続けるように言った。


 西村の顔が真っ赤になる。だが、やり直しを命じられることもなく、そのまま面接は始まった。


「志望動機と自己PRを、どうぞ」

 藤木がやや投げやりに言った。


 「え、えっと……わたしは、小さいころから、人と関わることが、好きで……」


 声が聞き取れない。壇上のマイクは、床に置かれたままだ。

 安藤がすかさず指摘する。


 「マイクはどうしたの? さっきの説明も聞いてなかったの?」


 西村はあわてて拾い上げようとした。だが、勢い余って手が滑り、カチャンとマイクが床に倒れ、ガン、と鈍く鳴った。


 「……あーあー、これはちょっと、いただけませんねぇ」

 藤木があきれたように頭をかく。


 「はい。では“補助指導”入りましょうか」


 黒崎があっさり言い、壇上の横から補助指導係の生徒が二人、無表情で登場した。

 補助係の腕章をつけた女子生徒たちは無言で西村の横に立ち、一人がマイクを拾って彼女の口元に持っていく。もう一人は西村のスカートをさりげなく整え、膝の間にタオルを敷く。


 「は、あの……」


 戸惑う西村の顔に、補助係の一人がささやく。


 「大丈夫。何も恥ずかしくないから。皆、やってること」


 そのささやきはやさしかったが、拒否の余地はどこにもなかった。


 「はい、それでは自己PRから再開しましょう。大きな声で、マイクに向かって」

 黒崎がにっこりと笑って言った。


 西村は、呼吸を整えるように肩を動かし、それから言った。


 「身長……158センチ、体重……えっと、48キロ。スリーサイズは……あの……、ちょっと……」


 言いよどんだ瞬間、会場の一部からクスクスという声が漏れた。

 すかさず藤木が補足するように言う。


 「ここで恥ずかしがると、逆に“印象が悪い”んだよなあ。ね、黒崎先生?」


 「ええ。堂々と自分のスペックを明かす勇気、それが今の時代の“女の自立”ですよ。ほら、西村さん?」


 もう逃げ道はなかった。西村は、震えながら続きを口にした。


 「……B、80……W、56……H、82です。あの、得意なことは、整理整頓と……あと……」


 「はいはい、十分です」

 藤木がマイクを奪うように言った。


 「気持ちはわかるけどね、あんまりグダグダになると、面接では“減点”だよ? これ、リアルな話ね」


 西村は床に座ったまま、俯いていた。

 誰もその姿を慰めようとはしなかった。

 黒崎が手を打った。


 「はい、次の模範指導の準備に入りましょう。次は二年の……」


 名前が呼ばれる。そのたびに、どこかの誰かが、また壇上に上がっていく。

 跪く。声を出す。晒す。笑われる。褒められる。屈する。


 体育館の空気は、冷房もないのに薄く、硬く、凍っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る