第37話 このカードに納めきれない異世界の光景

 死を前にして、やっと目が覚めた気がする。

 

 生きるか死ぬかの局面では、嘘も偽りも演技も借り物も関係ないのだ。何だって生き延びるために有効に使えたのなら、全てが本物になるのだ。

 俺の成り行きのままの振る舞いだって、神の気まぐれで授けられたカードのスキルだって、経緯はどうあれ今俺たちがこうして無事に生き延びることに繋がった。それだけで正しかったのだ。

 俺が今ここにいた意味は、それだけで十分にあったのだ。


 ただ一つ、最初から本当だったことがあるとすれば、俺がみんなを守りたかったことだけだ。

 心から誰かを心配したり、誰かの喜びを祝福できる人は、俺とは全く異質の存在だ。そういう人に俺はなれないけれど憧れを抱く。だから、その瑞々みずみずしい感性がずっとそのままで在るように、この手が届く範囲でその営みを守りたいと思う。

 俺が人間らしき振る舞いの真似しかできないヒトモドキだったとしても、懸命に生きるみんなの足しに少しでもなれたのなら、かろうじて価値は生まれるのだろう。


 この聖なる気持ちを留めておきたいと思った。

 白紙のカードをかざして、無事を喜び合う3人をファインダーに納める。さて、この光景に何と名前を付けようか。むしろ俺が胸に納めておきたいのは今の気持ちだ。そしてようやく守れたみんなの清々しい営みなのだ。そんな目に見えないものを何と名付けて、どうやって納めればいいのだろう。

 考えがまとまらないまま、シャッターは切られていた。

 

───────────────

〔このカードに納めきれない異世界の光景〕

[メモリアルカード]

───────────────


 相変わらず思ったことをそのまま反映するカードであった。

 でもこのカードは大事に取っておこうと思う。そしてまた腐った気分になったらこのカードを見て、少しは前向きになれた自分を思い出そう。


「帰るとしようか。ユニコーンとワイバーンのことはギルドに報告しよう」


 みんなもそれに従い、長く感じた今日の討伐はおしまいとなった。

 

 ギルドに報告をすると、たちまちにギルドマスター・アルナフの預かりの案件となり、ちょっとした騒ぎとなった。

 特別な討伐隊が組まれ、その中にはルシェンの姿もあった。

 

「いつもならアルナフの依頼は適当にあしらうところだけど、あなたたちも被害に遭ったのならば仕方ないわ。わたくしも今回は協力しましょう」


 何でもルシェンは魔法の腕を買われて、アルナフから常日頃熱烈な勧誘を受けているらしい。それでうんざりして本来アルナフは敬意を払うべき相手なのだが、こうやって邪険に扱っているのだとか。


 電撃により集合の号令をかけるユニコーンは指名手配され、まもなく撃破されたという。あのワイバーンもルシェンが倒したのだとか。

 このカードに可能性があるのだとしても、俺たちはまだまだ弱い。今回のアクシデントは偶然の不運が重なったことにせよ、地道にレベルアップしていくのが一番だろう。


 そうして秋が終わり、雪がちらつく冬となった。

 冒険のオフシーズンになり、ようやく生活が落ち着くかと思いきや、俺は別のことでバタバタとすることになった。


 冒険者ライフボードが発売されてたちまちに人気となり、大反響があったのだ。

 学園寮の分は開発者特権で確保させてもらったものの、ちまたでは生産が追い付かないほどの人気である。子供をターゲットに作ったのだが、冒険者ギルド内でもプレイする人が絶えず、そこに各冒険者が観戦しつつ実際の苦労話をアドバイスするなど社交ツールとしても役立っているらしい。

 そして、他のギルドからの開発要請も殺到していた。

 既に開発の定型的な流れは出来上がっている。アンケートを発行し、それを集計して適宜イベントとして仕上げて、設計図を完成させ魔導具ギルドに発注する形だ。

 アンケートの集計も各ギルドに委任しているのだが、その仕上がりの監修の依頼がやはり回ってくる。何でも発起人の俺が目を通さないと、正規なライフボードシリーズの一作として名を冠することができないのだとか。いわゆるパチモン扱いされるのを避けるために、結局俺は監修者として常に名を貸すこととなった。そしていざ監修し始めると俺もゲーマーの血が騒ぎ、結局手抜きせずにゲームバランスや盛り上がりを整える羽目になり、毎度懲りずに苦労を重ねることとなった。


 俺が忙しいうちに、チユキが中心となって基礎授業の形態が整えられていった。読み書き算数に使う教科書も整えられ、ラドナとリッテは体育のメニューをバランス良く組んだ。

 そうこう俺たちが運営の調整にまわれるのも、ダオカ夫妻が子供たちの世話を引き受けてくれているからである。

 狩りのオフシーズンは丁度良く、狩り以外の身の回りのことを片付ける形でうまく活用できたのだった。

 この調子ならば、翌春には新しいスタッフと孤児を迎えるべくスラム巡りとなるだろう。そのときは増築も必要になってくる。それに備えて、チユキには『ブリック』でレンガのストックをしてもらおう。



 そして冬も深まったとある日のこと。

 「今日集まってもらったのは他でもない。俺が偉大なる魔法使いとしての一歩を踏み出したのを見届けてもらうためだ!」と大げさに切り出した。


 夕食前にチユキもリッテもラドナもだるそうに俺の招集に参じていた。こうして声を掛けたものの、正直わざわざお呼びたてしたのも気が引けるため、さっさと本題に移ることにする。

 

「ゆくぞ! 『アイス・ピラー』!」


 瞬間、高出力の氷魔法が放たれ、空中で氷の柱が生成され、地面へと突き刺さった。ああ、何度発動しても心地よい。これぞ俺が何ヶ月も待ち望んだ待望のスキル、【攻撃魔法:初級】が芽生えたことの証左である!


「すごい! 【攻撃魔法】が使えるようになったんだね!」とチユキが賞賛する。そうだ。もっと誉めてくれ。俺たちは大きな一歩を踏みだしたのだから。 


「しかし、今更【攻撃魔法:初級】が芽生えてもな。攻撃なら私とリッテで十分の感もある。確かにスライム相手には有効だろうが、やはり草原のモンスター相手には私の【大剣術:中級】の方が率直に有効だろう。もっと修練しなくては一線は張れないぞ」とラドナが実戦的な手厳しい意見で指摘する。


 ああ、確かにそのご指摘は真っ当だろう。だがしかし、俺がこれだけで勿体ぶって披露するわけもあるまい。


「ならばこれでどうだ! 『ビッグアイス・フォール』!!」


 今度はカードを空中に投げ放ち、そこから巨大な氷柱を落下せしめた。

 優に建物2階分はあろう大きな氷柱だ。これぞ俺の編み出した【カード使い】と氷の攻撃魔法を組み合わせたオリジナルマジックである。

 寝る前にその日の残存魔力の全てを注ぎ込み、長時間で生成して大きくした氷柱をカードに納める。そしてさらに翌日にその氷柱をカードから展開し、氷魔法を上乗せして大きくする。こうして雪だるま式に大きくした超巨大氷柱なら格上のモンスターでも一溜まりもないはずだ。

 このカードとの複合による超必殺技、まさに俺がパーティのメインアタッカーに躍り出るに相応しい絶技に違いあるまい。


「50点、といったところかしら。発想は悪くないんだけれど、詰めが甘いわね」


 そこにトゲと気品のある指摘が飛び込んでくる。ああ、我が学園寮でナンバーワン人気講師を務めていらっしゃる魔法先生ルシェン殿ではないか!


「ルシェン……。大きさの調整で威力も加減できるし、狩り用には最適だと思うんだが、通用はしないか?」


 ルシェンはクシャクシャの頭に華麗に手を突っ込んで掻き揚げつつ、勿体振りながら答えた。


「ええ、あなたの氷には硬さが足りないわ。いくら重くても当たった瞬間に砕かれては威力を発揮しないでしょう。氷の硬さは温度の低さに比例する。あなたの氷魔法がいくら重量感を増しても、当たった瞬間に砕かれては重さは台無しなの。

 せいぜい通じるところはDランクモンスター止まりね。ワイバーン相手なら竜種の鱗を引き裂くためにも中級までは登り詰めないとお話にならないわね!」


「なん……だと……」と俺は膝から崩れ落ちた。


 やっと誰しもが文句なしのパーティーのアタッカーへ登り詰められると思いきや、その夢はお預けとなった。俺が他に所有する風魔法も水魔法も攻撃向けの属性ではない。まだまだ俺の荷物持ちメインの役割は変えられないようだった。


「でも、マサオミ便利だから大丈夫」とリッテは言葉少なに慰める。いやうん言葉

少なすぎてかえって追い詰めている感もあるのだけど、リッテが俺を認めてくれていることは伝わってくる。


「ああ、マサオミがいるから大量に狩っても持ち帰れるし、転ばせてもらって

豪快に叩き斬れるんだ! あのタイミングの良さは誰にも真似できないぞ」とラドナが実感を込めてフォローする。


「うんうん。マサオミがいるから、いざってときも何とかなるんだから。マサオミはあたし達をこれまでもいっぱい助けてるんだから、無理に頑張ろうとしなくてもいいんだよ」とチユキはお姉さんのようにさとすのだった。


「そうよ。あなたには商才も度胸も底意地もあるじゃない。あとは実力をつけるだけなんだから修行に励むことね! まずはせっかく攻撃魔法を使えるようになっだのだから、毎日魔力が枯渇するまで発動し続けなさい!」と魔法の大先輩のルシェン殿はストイックな修行方針を指し示すのだった。


 商才かぁ。次はカキ氷屋さんでも営むとしようか。暖かくなってきたら、きっと売れることだろう。ああ、横道にれちゃあいけない。ワイバーンを倒すその日までは、俺は冒険者の道を邁進まいしんするのだ。


 仲間たちはなんだかんだ俺を認めてくれている。

 そして俺は安心した心持ちで、攻撃魔法を上達させようなんて柄にも無く前を向いて日々を過ごそうとしている。

 死んだ目をして日々をただ消化していた前世と比べたら、随分と前向きになったものだと思う。

 それもこの中途半端なチートスキルを授けられたせいで、何とか知恵を絞らないと活路を見出せないからかもしれない。そして優しい仲間たちに恵まれて、どうにかこうにか縁の下の力持ちとして俺はちゃんとここで頑張っていると実感できているのだろう。


 これからも何とかやっていこうか。

 この手に馴染み始めた魔法の感覚と、その手に携えたこのカードの感触と、そして胸元のポケットの[メモリアルカード]の辿ってきたキセキを確かめながら、俺は気持ちを新たにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

このカードに納めきれない異世界の光景 村瀬カヲル @etranger4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ