第3話 シスター長トワルデ

「トワルデさーん、いますかー、失礼しまーす」


 チユキは元気良くノックして、元気良く問い合わせる。まるで職員室を訪ねる生徒のようだ。


「はいー、どうぞー」


 室内からハキハキと女性の声が返ってきて、チユキがドアを入ったので、俺もそれに続いた。

 執務室の中は、さながら社長室のような間取りで、奥に執務机があって手前にソファーとテーブルの応接セットがある。豪華とまではいかないが、それなりに立派な造りで、シスター長というのが一定の地位であることが伺えた。

 現代と違うところと言えば、傍らには外套だけでなく立派な宝石を先端にあつらえた杖と、先端の尖った硬そうな杖の2種類の武器が立てかけられていることだろう。魔法用のロッドと打撃用のメイスといったところだろうか。その立派さたるやゲームのその職の最強武器らしき威厳を放っており、シスター長は名声も実力も兼ね備えた傑物なのだろう。

 その本人が執務室から立ち上がり、教会の主としてこちらを迎えていた。いかにも高貴な聖職者らしき白と黄のローブを纏っており、そのまま三蔵法師の役でも演じられそうな徳の高さを感じる。とはいえ、法師とは違ってロングの金髪で西欧系の顔立ちである。


「チユキさん、どうされました? あら、目を覚ましたのですね──」


 シスター長は切れ長の瞳を緩やかに細めて、俺の方に目をやる。


「マサオミと言います。この度は唐突にこちらの施設に舞い込んでしまい、お騒がせしました」 


「あらあら、ご丁寧なお詫びありがとうございます。マサオミさん、私はこの教会を任されていますトワルデと申します。改めましてよろしくお願いします。ああ、お二人とも席に着いてください。

 さて、失礼ながらマサオミさんのことはあまりに唐突な遭遇だったのものですから、お風呂のときに『鑑定』させてもらっています。」


 あのとき死にかけた俺を助けてくれたのは、トワルデさんだったのか。シスター長ともなると瀕死の人間もいやせるのか。

 それにしてもよく見ると、トワルデさんは口の動きと発声が一致していない。日本語吹替の映画のように音声に日本語がかぶせられている。これが恐らく【言語知識】と呼ばれるスキルか何かによる同時通訳機能なのだろう。

 それにしてもチユキといいトワルデさんといい、さっきから自分のステータスを覗かれっぱなしで、自分のステータスを自分で分かっていない。自分で確認できるものなのだろうか。


───────────────

名前:マサオミ=カザハリ

種族:人間 性別:男 年齢:16歳

レベル:1

ジョブ:なし

スキル:【カード使い】、【言語知識:初級】、【鑑定:初級】、【風魔法:初級】、【水魔法:初級】、【生活魔法:初級】

───────────────


 見たいと念じたら、目の前にステータスウィンドウらしきものが浮かび上がり、それを見ると内容が思考に入ってくる。

 とはいえ、この世界のスキル体系とやらが全く分からないので、解説されないと何が何だかさっぱりである。特に【カード使い】というスキルの意味不明さが突出している。


「マサオミさんのステータスは確かにチユキさんと同じ特徴があります。成年年齢にして初期レベル、そして未知のスキルがあります。ですが各スキルの成長可能性が優れていますね。

 つまりこれらが異世界からの転生者の特徴なのでしょう」

 

 トワルデさんも『鑑定』で見終えたようだ。俺と同じものを見たのだと思うが、成長可能性という素質まで見抜いていたから、さらに深く参照していたようだ。そもそも俺の【鑑定:初級】とはどこまで見れるのだろうか。


【鑑定:初級】対象の名前と概要が分かる。レベル差によって可否判定がある。


 ステータスウインドウが解説してくれた。かいつまんだ要点のみが見れるようである。初級でこの程度ならば、もっと上のスキルランクであれば、トワルデさんのように様々なものが見えてくるのだろう。そしてさっきからチユキとかトワルデさんを『鑑定』しようとしても成功しないのは、俺のレベルが低すぎるからだろう。


「ひとたび転生者が現れると続くものなのかしら? 道理を超えた事象ですので、予測がつきませんが……。まぁ蓄えが尽きたら補充するだけの話ですね、チユキさんと同じ手ほどきをすることとしましょう」


 トワルデさんは相次ぐ転生者という異例の事態、そして俺の処遇について思案しているようだった。しかし、すぐに方針を決めたようで、思案気に伏していた目線を俺に改めて向ける。


「マサオミさん、この世界では転生者は稀少な存在です。『稀人まれびと』として各地に噂や言い伝えが真偽交えて残されているくらいです。

 そして、私はこの教会の施設長として非凡なる経験を積んでいるつもりですが、あなた方には私が見聞きしたことのないスキルが備わっています。あなたの出身の世界での知識もここでは大いに有用な情報となることでしょう。

 それらを狙って、あなたを利用しようとする方々も出てくると思います。特殊なスキルの行使と来歴については、相手を選んで慎重かつ賢明に情報の開示を判断いただければと思います」


 俺は「分かりました」と返事をする。転生の光とは大違いの、どっちが神様かと問われたらトワルデさんですと即答したい程の親切で気配りの行き届いた正論である。


「ですが、素質は卓越していながら、レベルは最弱です。マサオミさんが喧嘩をすれば街の子供相手でも秒殺されるでしょう」


「は、はぁ……」と力のない声が漏れる。異世界の子供はとっても強いらしい。さっきも風呂場で殺されかけた。弱いというのは実に心細い。


「しかし、せっかくこの世界にいらしたのですから、私としては楽しんで気ままに過ごしてほしいのです。なので私から手ほどきをしたいと思います。いわば初期投資というものです。喜んで引き受けてくれますね?」


 トワルデさんはそんなことを笑顔で提案してくる。

 

 俺は思わずゴクリと喉が鳴らす。「手ほどき」が具体的に何を指すかは分からないが、恐らくはレベルを上げるとの話。つまりは師匠から弟子への訓練なのだろう。

 しかし、強くならなければ生き残れない。今の俺では街で子供に絡まれただけでゲームオーバー、もとい即死。どんなに厳しい試練であっても、引き受ける以外に選択肢はない。


「わ、分かりました、どんな修行でも受けます」と、握りこぶしに悲壮な覚悟をにじませつつ、提案に答えた。

 すると隣のチユキは「あはははははは」とお腹を抑えて大爆笑している。トワルデさんも手を口にやりクスリとしている。

 な、何か勘違いをさせられているのか。

 

「ふふふふ、昨日のチユキさんと同じ反応をなさるのですね。申し訳ありませんが、私も多忙ですから修行をつける時間はないのです。だから、今晩のお食事を奮発して差し上げるだけなのですよ」


「なんだ、手ほどきって食事かぁ。ならもうありがたくいただきます」と安心して答えた。しかし、食事について「手ほどき」と言いまわすのも妙だが……。


「この世界はね、強い魔物を食べると、それだけでレベルアップできるの。だから、美味しく食べて強くなっての一石二鳥なんだよ!」とチユキが隣から補足する。

 

「そういうことです。もう夕方ですから食事係りに早速の用意をお願いしておきます。というわけで、今晩のお食事をお楽しみに」


 トワルデがそう言って微笑むと「後の詳しい話は食事の場で」という話になり、この場は解散となった。

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