日常
結婚式と異世界での戦いという激動の一日から一週間が経とうとしていた。
あれ以来、異世界からのコンタクトはない。
だから、あの出来事が夢のように思える。
もしかしたらという期待がある。
あの後人間の軍隊は盛り返したんじゃないか?
それなら俺の力は必要じゃないだろう。
結局金は換金できていない。
どこへ持っていけばいいかよく分からないし、この一週間ずっと絢羽とべったりだったから、一人で移動する時間が無かった。
俺がいきなりおもむろに金の原石などを持ち出せば、それがどうしたのか聞かれるだろうけど、それを上手く返す言い訳が浮かばなかったのだ。
それにしても不思議だ。
おそらく俺はこっちの世界から異世界へ、魂だけダイブしたと思う。
その証拠に、タキシードは綺麗なままだった。
異世界で切り傷が出来ていたはずなのに、だ。
だが、金の原石は持ち帰れた。
何故だ?
今は考えても仕方ない。現在俺達はドライブの真っ最中。
新婚旅行を来週に控え、細々とした準備をする為に買い出しに行くのである。
因みに旅行先はフィンランドだ。これには俺の意見を強く通した形になる。
何故かというと、昔からあの国には興味があったんだ。
俺の、いや、俺達の苗字“白夜”が起こる国。
空気も澄んでいて景色も綺麗だし、なんといっても俺の大好きなカバに似たずんぐりの妖精さんがいらっしゃる国だ。
絢羽は初め、定番のハワイに行きたいと言っていたけど、この妖精さんのリアルな家を見せるとガラリと意見を変え、乗り気になった。
あちらの国は寒いから準備は念入りにしないといけない。
それにこれは意外だったのだが、絢羽は海外旅行をしたことがないという。
俺は以前に修学旅行でオーストラリアに行ったことがあったけど、あの時も緊張したっけ。
だけどあの時は先生に従っていればよかったけど、今度はそうはいかない。トラブルがあれば俺達で対応しないといけないんだ。
色々買い物をして、代理店から貰ったパンフを見直して、やっておきたいことは山積みだ。
「ふんふ~ん♪」
絢羽は助手席でご機嫌に鼻歌を歌っていた。
式以降、絢羽は幸せオーラ全開だ。
もちろん俺もそうなんだろう。
だって新婚だもん。
絢羽との付き合いは3年ほどで、国内の旅行は何度かしている。
だからこれといった新鮮味はないのだけれど、やっぱり夫婦になったことで、大きな転機を迎えたと思う。
「今だと冬物が安くなってるのがありがたいね」
「そうだな。俺寒がりだから厚着したいし」
フィンランドの名物の一つサウナ。
我慢に我慢を重ねて飛び出した先にある雪が流れる川に飛び込む人をテレビで見たが、ハッキリ言って正気を疑った。サウナは嫌いじゃないけど、どんなに我慢してもその後の冷水にすら入れない俺だ。本気で死ねる。
「まあ、絢羽と一緒ならどこでも楽しいよな」
「ふぇ!?」
「あ!」
しまった、思い切り声に出ていた! 迂闊。
「も、もう! 何言ってんのよバカバカ」
「ごめんごめん。ん? ごめんでいいのか? とにかく殴らないで、今運転中だから」
相当にバカップルだな。
これSNSで上げた日にはどれだけの『爆発しろ』コメントを頂けるだろう。
そんなことを考えていると、前の車が突然左右に大きく振って運転し始めた。
白線を少しはみ出し右左とハンドルを切りまくっている。
まさか、俺達の社内の動きをバックミラーで見てたんだろうか?
それで本当に爆発しろと思っている?
「ねえ、あれってあおり運転?」
「・・・そう、かもな」
まさか、世間で社会問題になっているあおり運転にマジで遭遇するとは思わなかった。
なんでこれだけマスコミが騒いでいるのに後を絶たないんだろう?
前方の車はさらにあおってくる。
今度は急にブレーキを掛けたと思えば、急加速などの危険な緩急をつけてきた。
「くそ、これで本当におかまを掘ったらどうするつもりだ!」
その時はまた難癖をつけて来るんだろうな。
こんなことならドライブレコーダを取る付けておけばよかった。
「もう先に行かせちゃおうよ」
「そうだな」
絢羽は不安そうに提案した。
経験したことのない事態に怖がっている様だ。
俺だって不安ではある。
ゆっくりとスピードを落として路肩に停止する。
前方の車はそのまま走り、距離が開いていく。
ホッとしたら前方の車はなんと、あっちも停止してきた。
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