第12話 戦い

「なぜ……」


 驚愕に喘ぐロボの背後で、クスリと笑い声が聞こえた。

 首を動かせないロボに見えるよう、背後の兵士が一人視界の範囲内まで歩いてくる。その手に握られているものを見て、ロボは再度驚愕する。


「ランクAの魔石……だと?」


 心底愉快だというように笑ったその兵士は、自慢げに口を開いた。


「魔石等級A・妨害系統、異能をキャンセリングする魔石だ。知らないわけじゃないだろ?」


 もちろん、知っていた。自分たち白狼の使う異能を発動前という条件付きでキャンセリングする魔石……たしか固有名称はブルーム。ランクがAであることと、それを使えるだけの技量を持った石術使いが少ないことであまり警戒はしていなかったが……まさかこんなところで足をすくわれるとは。


「今使おうとしたのは……爆裂術式ってところか」


「にやにやと……嫌な笑いを浮かべるのだな」


「話をそらすなよ。自分の立場が分かってんのか? あんたは殺してもいいんだぜ?」


 石といい、この兵士たちといい……いくらなんでも準備が良すぎるではないか。


「おい……黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるじゃねえか。テメェらぶっ殺すぞ!!」

 ロボの背中で、ただ黙って怒りに震えていたヴァンが、ついには痺れを切らしてそう叫んだ。無残に蹴り飛ばされ、ただそれだけで戦えなくなったこと。そのあまりの悔しさ無念さに、歯を食いしばってただの今までヴァンが涙を流していたことをロボは知っていた。


 だから眼前の兵士の、

「ふっ……騎士団のハンターに蹴り飛ばされただけで脱落したような奴には、誰だって殺されねえよ」

 という嘲笑混じりの発言が、許せなかった。ロボは、久方ぶりに怒りを感じた。怒りに我を忘れるとは、こういうものだったかと思い出す。


「いいかげん、黙ったらどうだろうか……我が呼び掛けにこたえ走れ――かまいたち」


 ロボの周りを風が走る。男との間に集束し――

 返ってきたのは、再びの嘲笑。

 男の右手に握られた魔石。ルビーのように紅く、ダイヤのような形をした魔石が淡く光を放つ。

 風が男に向かって走った。しかし、刃になる前にキャンセルされたそれは、ただの風として男の髪の毛を揺らすだけ。だが、ロボはやめなかった。たとえ、無意味だと分かっていても、怒りに灼かれた脳はそれを許容しない。


「我が呼び掛けに応え走れ――かまいたち」

 淡く、魔石が光る。世界を美しく染め上げる夕日や、見る者を魅了する花などとは全く違う、絶望のあか

 風は、虚しく男の服を揺らす。


「クッ……かまいたち」

 口上を省いて放たれた三撃目も、光によってかき消された。


「はぁ……はぁ……」

 爆裂術式を合わせて四回連続での構築、流石にロボでも疲れが見え始める。


「クソッ! ウオオオッッ!!」

 それでも尚、無理矢理術式を組み立てようとするロボを、リンは静止した。一言、「もういい」と。

「狼、お前は黙ってそこにいろ。後は……私がこの男を倒してから一掃してやる」


 勝算のない、言葉だった。

 だが……ッ!


 負けるわけにはいかないのだ。ここまで身内をコケにされ、信じ夢見た男に裏切られ……それがたとえ、ただ自分が思い込んでいただけだとしても尚、自分は眼前の浄化者ストーカーを倒さねばならないのだ。


 リンが銃のトリガーを引き絞る。発射された弾丸をブラウは首の動きだけで躱し――戦闘が始まる。


 続く二発、三発目を避けブラウは走った。剣を持つブラウには、ほぼ接近という選択肢しか存在しない。それはリンも、そして無論ブラウも分かっていることだ。


 リンは走ることをしなかった。最初の場所から一切動かず、ブラウを迎え撃つ。左上から振り下ろされたつるぎを右手に持つ銃ではじき返す。流石、ギルドの技師エンジニアは優秀だ。攻撃を弾かれ一瞬動きの止まったブラウの胸元に銃口をぴったりと重ね合わせる。続く発砲は、しかしブラウが空中で身を翻しリンに横から回し蹴りを喰らわせたことによってキャンセルされる。


 宙を舞って一瞬制御が利かなくなるが、すぐに立てなおして左手両足で地面に着地する。右脇腹に鈍く残る痛みに顔をしかめつつ、目線だけはブラウから外さない。彼は追撃せず、その場所からリンを見ていた。


 余裕のつもりか、そうして相手の精神を煽ることは別段珍しいことではない。だが、分かっていても頭にくる。


「随分と……舐められたものですね……!!」


 一転、リンの持つ銃が光を放つ。古代文字の走る魔法陣が銃の周りに展開された。体の真正面に銃を構え、左手でグリップを包み込むようにして握る。トリガーにかかる指へと力を込め、一気に引き絞る。


 キュイィーン。と機械的な音がこぼれ、銃口から二対四つの光の弾が発射される。尾を引き上下左右に弧を描き飛ぶそれは魔法の一種だ。


「名前はまだ決まっていない」

 四つ全てが別軌道からブラウへと襲いかかる。

「聖術、銃撃系統の術式ですか」


 ブラウは、まさに今リンがしたように剣を正面へと構える。剣先でグルリと真円を描き、その中心を軽く突くと波が広がった。それはまるで水に葉が落ちた時のように。そしてその波が円の端に達すると同時、そこには膜が張られる。


 防護術式・固有名称『ラ・ミロヌス』


 放物線は集束し、ブラウの目の前に出現した壁へと吸い込まれていく。

 高々と剣を掲げ、その膜を上下に割る。その瞬間、光の球が四つ飛び出した。ダライニに向かって。


――「ラ」は古代語で、跳ね返すの意。ただし跳ね返す相手には、制限がない。


 自分へと向かってくる光の球を、しかしダライニは右手を掲げて吹き飛ばした。


「流石は吸血鬼。波動を使わせたら群を抜いている」


 波動術式――神通力の一種だ。


「大丈夫――」 心配の声を上げるリンを遮り、ダライニが叫ぶ。


「無駄口を叩くな。リン、代わるぞ」


 返事を聞くことなく、ダライニは地を蹴った。数メートルの距離を一跳びで詰め、ナニカを握った右手をブラウの懐へとねじりこませるように殴りかかる。


 すんでの所で躱したブラウの、遥か後方。拳の直線上にあった一本の木が倒れる。幹をぐしゃりと何かに押し潰されて、耐えきれなくなりこちら側に倒れてきたのだ。まるで馬車に突っ込まれたかのように変形している。


 辛うじて攻撃を躱すことに成功したブラウが地面に着地し、微量の砂埃がたった。半分滑るようにして左足を体より後ろへ移動、そこを軸にして剣を振り上げる。


 ダライニは自らの放った波動が避けられたことを自覚すると同時、自分の左側へと逃げたブラウに対して腕を振り払う。空気の膜を張った腕とブラウの剣とが衝突し、空間が破裂したような衝撃が辺りへ広がった。

 腕に走っていた文字がゆっくりと消えていく。

 圧力を持った風に飛ばされてしまわないように踏ん張りながらも、リンはブラウから視線を外さない。そして、ダライニが彼から離れると同時に再度バトンタッチ。


「貫け――!!」

 銃口を中心にして魔法陣が出現する。円を多重に重ね、五角形や星形が螺旋を描く独特な魔法陣だ。トリガーを引き絞ると同時、本来その口径からは発射できようもない大きさの紅い銃弾が発射された。


 射撃系統術式・固有名称『ベルムうがつ


 銃弾は対物ライフルなみの大きさ。威力はその数倍で、使用者が敵と定めた者以外に対しては無害。随分と便利な術式である。


「多重展開――ディールやみのステインかべ


 ブラウとリンを繋ぐ直線上、一斉に展開された十五の防護術式。名称の通り空中に黒い防護用の壁を創り出す術式だ。軍や並みの魔導師ならば平均で三枚、上級者でも十枚行けば良いほうだろう。ブラウはそれを、これだけの数造り出して見せた。


 しかし、リンの銃弾はそれを突き破った。無論、容易くとはいかない。かなり減速したそれを最後にはブラウが切り払い、空中で消滅させる。

「流石です」 短く敬意を表したリンは、そこから更に術式を編む。



 石術の源である魔石や、テクノロジーの最先端である機械とは異なり、魔法には膨大な種類がある。それらを便宜上分類し区別しているのが、固有名称とカテゴライズだ。


 名前については専門機関が付ける他、開発者には命名権が与えられることもある。魔法の中にはまだ名前のないものや、正式には決まっていないものもあるが、後者については世間一般的に知られている場合そのまま呼び続けることに抵抗を示さない者が多い。魔法には、それを使うための媒体と魔力が必要になる。その媒体の違い、また文字を刻みつける方法の違いでカテゴライズされるのだ。


 魔導書を媒体として、主に詠唱を文字の刻み方とするものは魔導。十字架を媒体として、詠唱を用いず魔法陣や刻印で行うのが聖術、といったぐあいだ。ダライニやロボなどの、いわゆる人間以外の種族は、主に『血液』がその媒体となっている。

 そして、カテゴライズが違っても同じ術式を編むことが可能な場合がある。それらは同じ術式として扱い、故に『固有名称』を専門機関が付けている。


 このような分類に類するものとして、石術では『等級』、機械では『コード』が使用される。

 等級は記号で表され、魔石の貴重さや扱いやすさ、効果の大きさなどを考慮して決定される。効果は『系統』という単語が使用されていた。


 コードは、機械が全て人の手による生産物であることにその理由がある。一つ一つの製品にはコードが三つ付いている。その種類を表す『種別コード』、一個一個を識別するための『固有コード』、技を発動するための『認証コード』である。

 最近では機械と魔石、機械と魔法のハイブリッドも進んでいるが、実用化はまだ先だろうというのが世界的な意見だ。



 さて、話を戻そう。戦闘は当然、未だ続いていた。ブラウに追随する兵士達はその激しさ故に手出しできず、ただ傍観するほかない。ヴァンとロボもまた、動けずにいた。


 ブラウの剣を躱し、ダライニが後ろに跳ぶ。そこへすかさずリンが発砲するが、障壁展開によって防がれる。

 歯がみするリンを尻目に、ダライニはまたも接近戦を試みた。


 殴打と蹴りを繰り返すが、全て紙一重で避けられる。その度に虚しく鼓膜を揺らすのは、ブンッという空気を切る音。

 攻防を続ける視界の端で、ブラウの左手が開いたまま自分のほうを向くのが見える。彼が何をする気かは知らないが……距離を取るべき。ダライニはそう判断すると、一瞬停止。ブラウが訝しむと同時に、ダライニを中心として衝撃波が放たれた。


 規模の大きさからさほど威力はないが、それでもブラウが地面に手を突くのはそこから十メートルほど先だった。

 土で汚れた服と、所々の擦り傷。そして何よりその「衝撃」による痛みに顔をしかめる。しかしまだ普通に立てるし、視界も良好。少なくとも戦闘に大きな障害はない。


 これが、吸血鬼が強いと言われる所以ゆえんだ。たしかに身体能力は高い、一般人と戦えばほぼ無敵かもしれないが、注目すべきは別。夜になると強さが増すだとか、吸血後は比べ物にならないだとか、それすらも違う。


 そう、それはずばり――不可視の攻撃が可能、なのである。


 吸血鬼の神通力、中でも波動は、見えない力場によって攻撃する。そう、見えないわけだ。挙動や構え方などから悟られはするが、それでも脅威であることに変わりはない。

 波動を使える者は、たしかに人類にもいる、だがそれはごく僅かで、かつ低威力だ。とても実戦には使用できない。だからこそ、吸血鬼にとって波動は大きな強みなのである。


 驚異的な身体能力と、暗闇でも景色の見える目、それに波動を合わせれば、それだけで軍の中隊を壊滅させることすらできる。

 故にこその――脅威。


 そして、忘れてはならぬことには、それと――その強き種族と、また己と同じ職の女1人を相手取って・・・・・・なお、これだけの戦闘を続けている彼――ブラウ・シーニ・ビスクだ。

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