「はぁ、なるほど。それは厄介ね」

 廉然漣れんぜんれんは話を聞き終わるとため息を一つ漏らす。

「とりあえず今は香を焚き締めた作務衣を着る様に言っているし、寝る時にはそれなりの香を焚いているから大丈夫だと思うが、出来れば時間はかけたくない」

「そうね、既に理は一つ破られているわけだし、今後どうなるか予測がつかないものね。いいわ、私の方でも当たってみるから何かあればすぐにでも連絡入れてあげる。それじゃ、またね」

 廉然漣れんぜんれんは唇に指を押し当て、みことに向かってキスを送ったが、唇の端を少し上げて笑ったみことはそれをものの見事に叩き落として手を振った。

 二人の姿が見えなくなるとみことは調理場の横にある小さなロッカーまで行き、最近買ったお気に入りのサイクロンクリーナーを手に掃除機をかけ始め、鼻歌の合間に、目の前にふわりと飛んでいる光の粒をみつめて、手をとめる。

「はぁ、全く、一体やつは何処に居るんだ」

 そう呟いて、ぼんやりと考え込んだ後、やれやれとばかりに再び掃除を再開した。


 廉然漣れんぜんれん辻堂つじどうは電車を乗り継ぎ、バスにゆられて道祖土さいどの家の前にやってきた。

 以前と同じ突然の訪問だったが、大きく呼び声を上げなくても玄関のガラス戸が開く。

「ふふっ、上々ね」

 廉然漣は嬉しげに笑って何の躊躇もなく中に入っていった。

 道祖土さいどはそんな廉然漣を目だけで見送り、玄関先にたたずんで戸惑う辻堂つじどうを見る。

「あぁ、よかった。あそこならと思ったけど、思った通りで安心したよ。……まさか、廉然漣れんぜんれん様まで連れてくるとは思わなかったけど」

宿香御堂やどこうみどうで偶然。俺も道祖土さいどと知り合いとは思わなかった」

「とりあえず、入ってよ」

 前と同じく表情には現れていないが、ホッとしている様子は見て取れて、辻堂つじどうも心配を掛けてしまっていたんだと改めて申し訳なく、そしてありがたく思いながら家の中に入った。

 躊躇なく先に入った廉然漣れんぜんれんが奥にある、以前辻堂つじどうが来た時の通された居間に行って大きな声を上げる。

「もう、やだ! 相変わらず陰気で薄暗い部屋ねぇ。たまにはお日様の力をいただかないと潰れちゃうわよ」

 廉然漣れんぜんれんは暗幕となっている厚手のカーテンを開き、窓を開けて澱んだような部屋の空気の入れ替えを勝手に行った。

 後から入ってきた道祖土さいどはそんな廉然漣れんぜんれんの行動を黙って見つめつつ大きな息を吐いた。

「そう言う貴方も相変わらずですね。人の事を全く考えない自己主義者」

「だって私は私だもの。私の利にならない他の人がどうなろうと知ったこっちゃないわ。何よりどうして私が人間ごときの事を考えて行動してやらないと駄目なの?」

 高く笑って言う廉然漣れんぜんれん道祖土さいどは眉を顰め、迷惑だと口には出さないが態度に出してとげとげしく言う。

「貴方はそうでしょうね、俗世にどっぷり浸かりきっているというのにそう言う面だけはそのままなのですから。人として暮らしていくのなら、人を学んで、もう少し普通を謳歌してみてはいかがです」

「普通を学ぶ? 私が? ふふっ、面白い冗談ね。でもまぁ、どんな物事にも向き不向きってものがあるのよ、だから仕方ないじゃない? 道祖土さいどももう少し人の枠をはみ出してみればいいんだけど」

「貴方のように、ですか? 御免こうむります」

 相変わらず面白味のない子だと肩をすぼめ、道祖土さいどが用意した座布団の上に腰を下ろした廉然漣れんぜんれんはあとの二人にも座るように言って微笑んだ。

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