その様子に知哉ともやは、自分が用意したあと二人分の食事を見つめみことに聞く。

「あの、良いんですか? あと二人待たなくて」

「あぁ、もうしばらく時間がかかるみたいだからな。気にせず食べろ」

「でも宿のお客さんなんですよね? おもてなしとか」

「一人は常連だ、必要ない。勝手知ったるで勝手にやってきて勝手に食う。そんな事よりもお前が喰われないように気を付けろ。興味津々だったからな、一応私の監視下に置いていることは通達してあるが油断していると喰われるぞ」

「くわれる? あの、それは一体どういう意味で」

 恐る恐る知哉ともやが聞けばみことは食事の手を止め、口元を引き上げて微笑んだ。

「意味か、そうだな、色々な意味でだ」

「えぇっと、よくわからないんですけど」

「心配するな、もうすぐ分かる」

 心配をしているわけではないのだが、みことがこのように楽しそうに笑う時はなにかある時だと、すでに理解していた知哉はそれ以上聞くことはせず、ため息をつく。

 今から来る宿香御堂やどこうみどうの客というのは、一体誰で、どんな人で、女の人なのか男の人なのか、「くわれる」と言われたことでいろんな事を頭に思い浮かべている、知哉ともやも考えながら食事を始めた。

 一口ずつ、男にしてはかなり丁寧で上品に食べていく知哉ともやとは違い、みことはまるで男子学生が学生食堂で貪り食うように食事をする。

 あっけにとられる知哉ともやが見つめる中、みことはスープを一気に飲み干して、ふぅと満足の息を吐き出す。

 米粒一つ残さずあっというまに食べ終わったみことは、感心するようにはぁと息を吐いた知哉ともやに視線を送った。

「ところで、時間を忘れ熱中してしまうほど面白かったのか?」

 知哉ともやは突然の質問と視線を合わされたことに驚きながらも、口に運びかけて止まっていたスプーンを皿において尊に向かって頷く。

「香と言えば仏壇に使う線香っていう物しか知らなかったし、もともと知らないことを知るのが好きなのでつい夢中になってしまって」

「知るのが好き? あぁ、そうか。知哉ともやは違うが、お前はそうだろうな」

知哉ともやは違うって? あの、俺が知哉ともやですけど」

「ふむ、そういえばそうだった。まぁ、大したことじゃない、気にするな」

 知哉ともやは自分であるのに、まるで違う誰かのように言ったみことの言葉に首を傾げて聞き返したが、みことは瞳を細め何処か奥歯に物が挟まったように、歯切れ悪く気にするなと言う。

 何でも無い様には思えないと知哉ともやはもう一度聞こうとしたが、自分を凝視してくるみことの瞳に何故か怖さを感じ、喉まで来ていた言葉をごくりと飲み込んだ。

 自分がなにかしてしまったのだろうかと、少しおどおどしている知哉ともやに、何かを思い出したかのようにみことが声をあげ聞いてきた。

「そういえば、香御堂こうみどうの奥の部屋で試しに香を焚いてみたか?」

「いえ、やり方も何も知らないんで、とりあえず知らないとだめだと、今は本だけ読んでいます」

「そうか。その方がいいな、香も焚き方がいろいろある。やりながら覚えることもできるが、まるで知らないのであればまずは知識だ。試しに焚く時は呼んでくれ、同席する」

「はい、分かりました」

 みことは鼻から肺一杯に空気を吸い込んで小さく口から吐き出し、自分の食器を台所の流し台に持って行ってから「あとは頼んだぞ」と居住スペースを後にする。

 結局「知哉ともや」の発言についての「気にするな」を聞くことが出来ず、逆に気になってしまった。

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