THE EARTH
クランチ
第一章 終わりゆく世界
終わり果てた世界
この世界で生きる人々の安寧を脅かす者たちの襲撃。それを表した警鐘はけたたましい音を掻き鳴らし、村中に避難を伝えていく。
多くの家々は移住を想定した簡易的なテントのようなものであるため、全て置いて逃げたとしてもそれほどの痛手はなかった。そんな状況でもなるべく多くのものを持って逃げようとするのは、人の罪深い欲望からだろうか。
しかし命の危険が迫っているなか、慌てふためき逃げていく者たちとは違い、その襲撃者に対して立ち向かっていく者たちもいた。
物を言わずにただ銃を構え、襲撃者目掛け弾丸を放つ傭兵たち。しかし彼らの弾丸はその乏しい技量が故に命中するものはない。
そんな彼らの中に未だ発砲せず、狙いを定め続ける傭兵が一人。彼の名前は
カラスはスコープ越しに掃除屋を捕らえた。かつての世界では、高性能な武器が当たり前だった。だが、今の人類が使えるのは、その名残をかろうじて残した"疑似駆動銃"。エアライフルのように空気圧を利用し、弾丸を撃ち出す――精度は劣るが、彼には十分だった。
そしてカラスは息を止め、弾丸を送り出す。
掃除屋と呼ばれる機械兵器の二輪車型を狙った弾丸は、一直線の華麗な軌道を描く。そして弾丸は掃除屋の核とも言える通信機器を確実に破壊し、掃除屋の数を一つ減らした。
他の傭兵の弾丸が一つとて命中しなかったように、この灰が舞う世界でこれほど確実な射撃を行える兵士は少ない。
カラスは二輪車型の停止を確認した後、もう一度その銃に弾丸を装填し、エアコッキングによる空気の加圧を行った。
そして別の兵士が撃ち漏らした何台かの二輪車型は彼らの間をすり抜けた後、急激な転回を行い、その車体から機関砲を露出させ、兵士たちに狙いを定める。
あと数秒もしないうちにあの機関砲からは鋭い弾丸が無数に放たれる。もちろんまともな防具をつけていない人間がその弾を食らえば、ハンバーグよろしくミンチだ。
「くそっ、もうダメだ!」
一人の若い兵士が叫ぶ。震える手で銃を握りしめたまま、仲間に目を向ける。
「俺たちには勝てねぇ!」
「逃げるな、撃て!」
と叫ぶ者もいるが、足はすでに後ずさっていた。
「一、二、三……。流石にこれ以上減らされたら困るか……」
今残っている兵士を数えた後、そう呟いたカラスは疑似駆動銃をその場に置き、背負っていたライフルを構えた。他の疑似駆動銃とは違い、複雑な機構を搭載したそのライフルからは先に針のついた管が伸びている。
カラスはそれを腕に突き刺すことでそのライフルを起動する。カラスの腕からは管を伝い、赤黒い血液がライフルに流れていき、その血液が機関部分に到達すると、内部がじんわりと光始める。組まれたパーツの隙間から漏れる光は鈍い色で、黄色とも赤とも言えないような色をしている。
そしてカラスが呟く。
「駆動装置起動――」『――認証、確認』
瞬間、銃口から真紅の閃光が迸った。灰色の世界に、一瞬だけ血のような光が走る。直後、爆発が巻き起こり、辺りの砂が熱で蒸発したかのように舞い上がった。視界が白く染まり、熱風が肌を焼く。舞い上がった灰が喉を刺し、金属の焦げる臭いが鼻腔を突いた。しかしカラスは目を逸らさない。
その先にあるはずの、吹き飛ばされた機械の残骸を確認するまでは。
「傭兵さんや。生憎あんたらに渡せるような食料はもう残っとらんのだ。村の女子供に配る分はあれど、男どもの分はもう無くて、傭兵を雇ったものの上げられるようなものは限られておる……」
自らたちを雇った村の村長にそんなことを言われた兵士たちは口々に文句を垂れる。
「俺は食料は要らない」
そんな中、暗い声音でカラスは言う。
「ここ周辺の地図、若しくは過去の遺物があれば」
過去の遺物。響きだけであれば貴重な代物のような印象を受けるが、砂と灰に塗れ緑という色を失い、荒廃しきった世界では、身の糧にならないものは全てゴミ同然であった。
そのためカラスは村民からすると、命を救ってくれた報酬にゴミを寄越せと言う都合の良い傭兵であった。もちろん村長はその言葉に驚きを隠すことはできず、それと同じように他の傭兵たちはカラスを笑う。
「そ、そんなもので良いのか?」
「ああ」
その返事に対し、村長は一人の青年に声を掛け、心当たりのある遺物を持ってこさせることにした。
「いやあ、それにしても変わった傭兵さんは変わった武器を使うんだな?」
と、傭兵の内の一人がカラスの腕に張られた絆創膏を見ながら言った。この絆創膏は先ほどの駆動装置の管を血管に繋いだ際にできた傷を保護するための物だ。
そして傭兵が言った「変わった武器」こそ最大の過去の遺物、生命力を消費することでその絶大な効果を発揮させる駆動装置を搭載した兵器であるが、その存在はほぼ伝説となっており、一目で判断できる者は数少ない。
「ああ、まあな。友人に優秀な技術者がいるんだ」
と、適当な嘘で誤魔化し、カラスは報酬を受け取り、その場を後にする。
駆動装置で破壊したバイクは既にガラクタに成り下がっていたが、最初の疑似駆動銃で通信機器のみを破壊したバイクはその原型を留めたまま、村の外に転がっている。カラスはそれを持ち上げ、自らのポーチから工具を取りだし、徐にバイクの機関部分を弄り始める。
技術者の友人などいない。機械の知識を持つのはカラス自身だった。
カラスの背負う駆動装置も、彼自身が改造したものだ。機械の扱いに長けた彼にとって、バイクの改造など児戯に等しい。
カラスは通信機器を慎重に取り外した。これで世界システムとの接続は断たれた。つまり掃除屋としての機能を失ったということ。しかも人類にはもう作れない機械を、自分のものにできる。
しかし通信機器のみを破壊する難易度と、機械兵器自体の危険性からそれ自体を懐柔するという発想に辿り着く者は少ない。だが彼には、それが出来た。
そして改造したバイクに跨り、カラスはアクセルを捻る。エンジンが吠え、灰の大地を切り裂くように疾走する。道なき灰の世界に、新たな轍を刻んでいく。
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