第29話

戦争スパルタ完了」



 槍の血を払い、一息つく。

 まだ不死兵とオークは戦っているが、オークを殲滅するのも時間の問題だろう。


 魔力増強剤で強化された複合不死兵は、並のオークより強い上、すでに数も勝っている。

 敵を倒すほど味方が増えるとは、死霊術とはなんとも素晴らしい。

 スパルタが100万の軍勢を率いる日も近いな。


 子供のような夢想を止めて、少しばかり周囲を見回すと、サザンカの近くに人間が倒れていた。

 黒い鎧に痩せぎすの身体。真っ二つにされているが、どこか見覚えがある。



「たしか――そうだ、ワンズ将軍だ」



 サザンカと対峙した時、すでにかなり弱っていたが彼の仕業か。腹に刺さっている見覚えのない短剣がその証拠だ。

 

 都市を奪われ、人間を裏切ってオークの軍門に降ったのは、一矢報いるため計略。

 策略とはいえ、敵に頭を垂れるなどスパルタ人には決してできない。

 故にどれだけの苦渋を味わったのか、想像もできない。

 

 戦場で死ぬまで戦う、それがスパルタ人の有るべき姿だ。


 彼の行動は、手放しで賛美できるものではない。それでも勇敢であることは違いなかった。



「貴殿に敬意を払う。貴殿のおかげで私は勝つことができた」



 せめて安らかに逝けるように、1オボル貨を口に含ませようとした。しかし、あいにく手持ちはない。


 そもそも、この国の死者が渡し守カロンによってステュクス川を越えるのかも不明だ。エルフを信奉すると言っていたし、下手にハデスの下に送るのはやめておいたほうが良さそうである。


 無難に黙祷だけ捧げていると、暗がりから髑髏の杖を携えて、ザクロが現れた。

 血溜まりが広がっているため、いつもの腐臭に気づかなかったのか。



「へ、ヘラクレ、イオス。上手くいったね」


「お前にも感謝せねばな。お前がいなければ此度の戦は負けていた」


「ううん。私はやりたいからやっただ、け。あ、貴方が満足して死ぬそ、その瞬間まで、付き合うよ」


「うむ、それでは見届けろ。スパルタの生き様をな」


「うん!」

 


 新たな目標のためには、彼女の存在は不可欠だ。

 殺しても死なない彼女であれば、私亡き後でも良きスパルタの語り部となれるだろう。

 打算的であるが、お互い様だ。何しろ、彼女も私の屍体を不死兵とする気満々なのだからな。



「そうだザクロ、この国での弔い方は知っているか?」



 目の前に転がる戦士の遺体を、そのままにするのは忍びない。黙祷だけでなく、やれることが有るならば実行したい。



「?」


「いや、そこで首を傾げられても困るのだが」



 屍体ではあるが、不覚にも小動物のような無垢な瞳を可愛いとも思ってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。

 今ならば蛇の女怪メドゥーサ老婆たちグライアイすら絶世の美女に見えてしまうだろう。



「だって弔う必要がある、の?」


「戦士を弔うのは戦士の義務だ。たとえ敵のものであってもな。できれば国土に送り返してやりたいところだが」


 

 トロイア戦争において、親友を殺されたアキレウスは、敵将ヘクトールの屍体を辱めた。だが、結局は敵の嘆願を聞き入れて譲り渡している。

 屍体は確かに討ち取った証であり誉れであるが、弔う意志がなければ獣と同じだ。



「お、オークの国に行くのは危険、だよ」


「承知している。だからこそ弔ってやりたい」


「…………」


 

 彼女は少し考え事をして、やがて何かに気づいたように手を打ち合わせる。



「ま、まかせて」


「おお、では早速――」



 教えてくれ、とは言えなかった。言う前に彼女の杖の髑髏は、眼窩を光らせ、風を巻き起こしていた。



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 そこには、巨大な体躯を誇るオークの屍体が直立していた。

 小脇に自らの頭を抱え、反対の腕では大斧を持っている。


 さらに隣には、ツギハギにされたワンズ将軍もいた。



「こ、これでいつかオークの国に行った時、引き渡せる。あと、この人も強そうだから、ついでに」


「……そうだな」



 すでにピエタの民を冒涜した私に、彼女を責める権利などあるわけがなく、ただ頷くことしかできなかった。


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